01達人伝説 その1
嘉門タツオ。本名、鳥飼達夫。
1959年(昭和34年)3月25日、大阪府茨木市民病院にて産声をあげる。 23時間という難産の末、3200gでこの世に出てくるが、母親の産道がなかなか開かなかった為、アタマが引っかかってちょうど七福神の福禄寿のような長いアタマで生まれたらしい。その姿を見た父方の祖母は口には出さないまでも「こりゃとんでもなく可愛そうな子が生まれてきた」と心の中で嘆いたそうな。父、慎一郎は(株)旭屋書店に勤務、当時30歳。母、敏子は27歳の専業主婦である。その後、長いアタマも徐々に普通になり、貧しいながらも鳥飼家の長男として、両親の愛情を100%受けて育ってゆく。2歳か3歳の時、祖母が結核で入院。母と共にお見舞に行こうとしている矢先、縁側から落下、右眉毛のところを切り、血だらけになる。3歳の時、母初めての里帰りにて母方の両親の住む山口県徳山市へ行く。おじいちゃんに「電気マガ、こーてーなー。」とねだり、「電気釜」を買ってもらって母親を喜ばす。大阪に帰ろうとしていた矢先、はしゃいで転んで祖母の鏡台の角で右鼻を切り、血だらけになる。その傷は今でも残っている。そんなこと以外は、実に素直な子で、「あっち行っとけ。」と言われると呼ばれるまではずっと「あっち行ってる」ような子だったそうな。なんせ長男だったので、毎週のように「枚方パーク(遊園地)」へ連れていってもらっていたように思う。そんなおとなしい子が、何故歌を歌ったり、人前で表現したりするような人間になったのか、読み進むうちにおわかりいただけるのではないかと思う。
つづく
