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COLUMN

大阪新聞連載

嘉門タツオのコラム

01靴下について考える

靴下というのは実際は靴の中に存在するにもかかわらずナゼ「靴下」なのか? 靴底の立場から言わせてもらうと明らかに「靴上」であるし、靴の甲の部分から見たら「靴下」と言えなくもないが靴下はそこからさらに足首の部分まで被っているので正確には「靴の底から見たら靴上であり一部は靴下と言えなくもないがやはりその大部分は靴中なのではないか?」と言う事になる。 その名前について考えるだけで、これだけの議論を呼ぶ靴下はなにかと厄介な存在である。一番厄介なのは新品をおろす時。手間が掛かってしょうがない。まず、上と下に付いている銀色のクチバシみたいのを外し、続いて「ポリウレタン80%」などと印刷してあるシールを2~3枚はがし、時にはハンガーの出来損ないみたいなヤツを外し、最後の難関はあの2つの靴下を止めてあるプラスティックのアルファベットのHを横に伸ばした様な白い止めるヤツである。こいつがことごとく我々にストレスを与えやがる。

歯で噛んでも切れないし、無理矢理引っ張ると靴下に穴が空くし、ライターで焼き切ろうとしたら靴下まで燃えちゃうし、ハサミやカッターをようやくさがしてプチン!と切ったら切れ端はどっか遠くへ飛んでっちゃうし、ようやく2つに分離させる事に成功した靴下を履いて家を出る時にはクタクタなのである。 洗濯時もひと悶着。取り込んだ洗濯物をリビングなんぞにドカッと置いて、Tシャツ、トランクス、と順番にたたんで行き、最後に靴下をたたむ段になる。微妙な色の落ち具合などから判断しつつ「君と君はペアね」「あんたの相方はあんたね」などと順番にカップル作りに励むのだが、最後にどうしても配偶者の見つからない靴下が片っぽ、寂しく取り残される事がよくある。

家中に捜索願いを出し一斉捜査をしてみると、洗濯機の脱水槽の内側にベターッと張り付いてたりする。「ここにおったんかキミは!」涙の御対面という事になる。難儀なヤツだ。

02たいしたことじゃないんだけどね…

いやもう全然たいしたことじゃないんだけどね、居酒屋とかでウーロン茶たのんだら最低でも300円くらいはする訳やん。ところが普通に「お茶ください」って言ったら、湯のみに入って出て来るお茶ってタダやん。なんかこう損って言うかなんて言うかさあ…

いやもう全然たいしたことじゃないんだけどね、燃えるゴミと燃えないゴミ、分別するやん。カンとかビンは当然燃えない方に分けるけど、例えば新しいしょう油を開ける時、指を入れる輪っかを引っぱってピッてはずすヤツとか、カセットテープの録音防止の為に折るツメとか、ホッチキスの針とかさあ、ついつい燃える方に捨ててしまう僕ってやっぱり悪いヤツかなあ。

いやもう全然たいしたことじゃないんだけどね、コンビニでコンドームとか、女の人がナプキン買ったりすると、茶色い紙袋に入れてから半透明にいつものコンビニ袋に入れてくれるやん。あれって、たとえばそういうモノと、同時に買った食べ物とかを直接触れあわすのはどうかなあ、と言う意味と、半透明の袋ゆえに「あ、アイツコンドーム買いよった」とか「あ、あの女アノ日なんや」なんて言うことがバレへんように、直接パッケージが外に見えへんように茶色い袋に入れてくれてる、いわばコンビニ側の愛情な訳やん。ところが茶色い袋に入った時点でなにかしらそういったモノが中に入ってる事をまわりにアピールし始める訳やん。飼い犬に手を噛まれると言うかなんと言うか…

いやもう全然たいしたことじゃないんだけどね、新しいバスタオルって、水分を吸わへんやん。だから一度洗濯してから使ったりするねんけど、逆に何年も使い込んだバスタオルってものすごく肌にも馴染むし水分も充分吸い取ってくれて頼もしい存在やん。けど、いかんせん生地も薄くなってきたり、ほつれてきたりして、なんかもうおじいちゃんみたいになってくるやん。捨てがたいというか、雑巾に格下げするに忍びないというか… いやもう全然たいしたことじゃないんだけどね…

03細かいのないんですけど…

バスなんぞに乗り込む時「あらかじめ小銭を御用意下さい」なんて書いててありますよね。こら当然ですわ。2~300円の運賃で一万円札出されたら迷惑ですもんねえ。 高速道路の入口はどうか?ここはけっこう一万円札は歓迎されます。ほとんどの人が千円札で払うので料金所のおっちゃんからすると細かいのをまとめる為にも一万円札はOK。ただし後ろの車からは少々嫌がられますけどね。

タクシー、これは難しい。微妙です。千円台ではダメよね。三千円くらい走るとOKかな。でもあらかじめ「一万円札しかないんですけど」と運転手さんに言っておいたほうがいいでしょう。五千円越えると楽勝OKよね。

コンビニ、ここは気を使う。圧倒的に細かいのが無い状況に遭遇するのがコンビニです。こっちは細かいのが無いという言わば弱味があるので、本当はパンと牛乳だけでいいのにそれで一万円札というのもなんだか悪くて、あんまり食べたくも無いプリンなんかも買ったりしてね。それでも申し訳ないので普段なら立ち読みで済ます雑誌なんかもカゴに入れてそれでも千円いきません。

でも一応プリンも雑誌も買った訳だし、なんと言ってもこっちは客なんだし、なんて思いでレジに並んだら、拍子の悪いことに前の客も一万円出しててバイトのニイちゃんに「細かいのないですか?」なんて言われてる。しかも前の客は千円以上買ってるのによ。立場ないっちゅうねん。こっちは680円くらいしか買ってないっちゅうねん。でも、こっちはプリンと雑誌で誠意は見せとるっちゅうねん。けどその誠意はバイトのニイちゃんに伝わらへんちゅうんねん。なんて思いがアタマをグルグル渦巻いてるうちにオレの順番や。

「細かいのありませんか?」ううっ!やっぱりアナタはそう言うの?僕が土壇場でレジの横に置いてあるガムをカゴにさりげなく入れてアピールしたのを気付いてくれなかったの?それとも、焼け石に水?

04捨てられないモノ

物を大切にするというのはけっして悪い事じゃない。実際子供の頃から「物を粗末にしてはいけません」という教育を受けて来たし。 でも「何かに使えそうだからとっておく物」って、使わない事のほうが多いのよね。でも捨てられない。

写真屋さんがくれるポケットアルバム。重宝しますよ当面は。でも、メーカーによって大きさがバラバラやん。見開きで4枚の写真が入る最もポピュラーなヤツあり、縦長のヤツありでね。それらに入れられた写真達をフエルアルバムなどに整理し終わったあとも、重ねて輪ゴムなどでとめられて押し入れの奥へ。

ガラスで出来たプリンの入れ物もねえ、捨てがたいよねえ。でもあれでお茶なんぞを飲むのもなんかわびしいし、家でプリンなんてまあ、作らないし何に使おう?

刺身に付いてたワサビ、ショウガも気付いたら冷蔵庫の戸袋のところにけっこうたまるよねえ…

デパートで買い物をした商品が箱に入ってた場合必ず付いてくる「ヒモにひっかけて手に持つミドリのヤツ」も捨てがたいよねえ。でも、なんでミドリなんだろう?

クリーニングのハリガネハンガーもたまる一方だし、新しい洋服を買ったら内ポケットに入ってるハギレとかスペアのボタンなんか、もうとっくに洋服本体はどっかへ行って無いというのに引き出しの奥に眠ってたりするよねえ。ジーンズのスソのハギレの隣あたりに。

靴の箱も頑丈なのでとりあえずとっておく。クッキーの缶なんて何に使おうなんてワクワクしたりしてね。フィルムが入ってたプラスティックケースは「薬を入れよう」なんてとっておいて薬を入れる試しがないまま増殖し続ける。

ワインのコルクも相当たまりましたよ。壁にイッパイはり付けたら芸術作品が生まれるのではないか、なんて思ってとりあえず置いてあるのだけれど、一向に作品が生まれる気配ナシ。

優待券、割引券、スタンプカードは期限が切れるまではサイフの中に生息してるもんね。 別れた女の電話番号もなあ、もうかけないってわかってるのだけど、メモリーから消去出来ないのよ。

05テレビの中のアイツ

プロ野球中継を見ていると、ゲーム以上に気になるのがバックネット裏の観客の動向です。 絶対的にテレビに映ってしまうのだから、あの席にゃあ、やましい立場の人は座れませんわな。不倫中のカップルとか指名手配中の犯人なんかは絶対座れない席です。 携帯電話でテレビの向こうの家族か知り合いに、しきりに連絡をとってる人はまだいいとして、わざわざ上の方の席からテレビに映る為にネット裏までやって来て、Vサインなんかを調子こいでやっているうちに、係員に連れて行かれるウレシガリの姿もワンシーズンに何度かお目にかかりますね。

相撲の桟敷き席も相撲以上に気になります。時々素の顔をした有名人なんかを見つけると、なんか得した気分になるもん。大阪場所の時は芸人さんが映る頻度が多いのも地域性が出ていて面白い。

九州場所の時のみ、花道の柱に「テッポウ厳禁」と書かれた貼り紙が貼られているのも興味深し。

審判員の親方の中に、ひとり、ものすごくアタマの尖った人がいるよねえ。アメリカのアニメ「コーンヘッズ」みたいな人。あのアタマを発見するのもちょっとウレシイ。

「紀文」と背中に書かれたハッピみたいのを着た、ものすごく太ったニイチャンの姿も欠かせません。なんらかの事情で相撲取りになるのを断念して、呼び出しの修行をしているのか?ニイチャン、ガンバレ!

突発的な事件なんかが起こった時、容疑者が連行された警察署の前からの中継は「リアルなニュースをお伝えしてます感」があるのだけれど、どんなに深刻で悲惨な事件であったとしても、ヤジ馬は必ず記者のまわりにいて、ここでも携帯電話ではしゃいでたりなんかして視聴者からヒンシュクを買うことしきり。人間性を疑います。

マラソンの沿道で一緒になってその区間だけ走ってるウレシガリも是非モンよねえ。チャリンコで歩道を走ってるヤツも。

沿道でみんな旗なんか振ってるけど、あの旗は誰がどういうタイミングで配るのだろう?メインのレースより、そんなまわりの事が気になって仕様がないのです。

06ペシトボトル

僕が住んでるマンションの地下にはゴミ置き場があって「可燃ゴミ」「不燃ゴミ」「資源ゴミ」をそれぞれのスペースに分けて出す決まりになっている。 以前は「不燃ゴミ」と「資源ゴミ」はいっしょくたでOKだったのだが、ビン、空き缶、ペットボトルなどは再利用しましょう、という方向になって別々に分ける事になったのだ。

で、ペットボトルを入れる段ボールが設置されているのだけれど、困った事にその段ボールにマジックで「ペシトボトル入れ」と書かれてあるのだ。オーノー!やはり、こんな身近なところにも棲息していたのね「ツ」と「シ」を混同している人が。 おおむねこのタイプの人は「ン」と「ソ」も間違える傾向にあると思う。「タクシー乗り場」が「タクツー乗り場」となっていたり「ラーメン」が「ラーメソ」になってるのって、たまにみかけるでしょ。「ミソラーメン」なんか「ミンラーメソ」になってたりしてね。本当に日本語および日本の文字は難しいね。日本人が間違うのだから、外国から来た人が「ン」と「ソ」、「ツ」と「シ」を書き分けるのなんて至難の技だと思うのです。

こうなりゃとことんそれらを逆にしてみよう!てな事を仕事柄考えるわけです。

「マイケル・ジャクソン」なんて「マイケル・ジャクンソ」になってしまうもん。「ウシミツ時」は「ウツミシ時」、「東シナ海」は「東ツナ海」に。ま東シナ海にもマグロは泳いでるだろうけど。どんどん行くぞー!「カンカン照り」は「カソカソ照り」、「カンバン」は「カソバソ」、「ロンドン」も「ロソドソ」よ。「シンカンセン」はややこしいぞ「ツソカソセソ」やもん。「つそかそせそ」って…。「ツマヨージ」は「シマヨーヅ」、「テンシンアマグリ」は「テソツソアマグリ」、「シンニュウシャイン」は「ツソニュウツャイン」、「ヤマシロシンゴ」は「ヤマツロツソゴ」よ。「クリスマスツリー」は「クリスマスシリー」…シリーって…。え?もうエエ?しつこい?何事もとことんまで追求してしまうのが僕「カモソタシオ」の性(サガ)なんです。

07自由

小学校の時の水泳の授業。プールサイドにつかまってバタ足の練習をしたり、ビート板をもって25m泳いだり、潜水でどこまで泳げるか競ったり、いわゆる授業らしい事をしたあと、しばらく休憩。先生が「あと10分あるな…」などと口走ったら、誰からともなく「自由!自由!自由!」と言う合唱になり「よーし!自由だー!」と言う先生の声を聞くやいなやみんなプールに飛び込んで大ハシャギ。授業という束縛から逃れた開放感が嬉しかった。

国道などを走っている大型トレーラー。いつもは何トンもの荷台を引っ張って旅をしているが、時たま見かけるのが、荷台を外してアタマの部分だけで走行しているトレーラー。日頃の重圧から開放されて「自由!自由!」と口ずさみながら走っている様に見える。(のはオレだけか?)

布団圧縮袋に入れられ、押し入れの奥にしまい込まれていた布団が半年振りに登板となった時、競馬の馬がゲートから出て来る瞬間、お祭りですくった金魚を家に持って帰って洗面器に放した時、スキーブーツを脱いだ時の足、それぞれの「自由!自由!」である。

プロポーションを美しく見せる為に女性が身に付ける矯正下着。聞くところによるとワキの下のぜい肉を無理矢理胸の方に持って来たり、オナカのダブついたお肉をかなりの力で押さえ込んだり、涙ぐましい努力が男性の知らない所で行われているらしい。さながらサイボーグのごとく、カチカチに封じ込みましたー、みたいな女性っているもんねえ。イヤ、いるらしいねえ、聞くところによると。彼女達の肉体こそ、矯正下着を外した瞬間「自由!自由!」と叫んでいるに違いない。

それにしても、対外的にプロポーションを良く見せる為に身に付けるそれらの下着、大多数の深い関係に至らない人達の目はごまかせてても、意中の男性とベッドインした瞬間魔法が解けてしまう訳で、相手の男性は多少なりとも心の中で「アリャ?」なんてつぶやくのでしょう。彼女の肉体は下着から開放された「自由」を得たと同時に男性の視線を感じる「不自由」ゾーンに突入するのでありました。

08効率良く

人一倍、効率を重んじる性格なのかもしれない。 物事がスムースに運ぶ事に対して、結構こだわっているみたいなのだ。

ま、誰にとってもムダなく事が進むことは快感に結びつくとは思うのだけれどね。

「ホームに着いたら丁度電車が来たところだった」とか、「いつもは行列が出来るラーメン屋が、思いのほか空いていて並ばずに入れた」とか、「待ち時間に丁度映画を一本観れた」なんていう時、ものすごい得した気分になるでしょ。

それらの事を偶然に任せるのではなく、ある程度意図的に出来ないだろうか?と考えながら暮らしている。

例えば、僕が住んでるマンションの地下には駐車場とゴミ置き場があるのだけれど、車に乗って出かける時、手ぶらで駐車場に降りて行く事は僕にとっては「負け」なのだ。あくまでも「ゴミ」を片手に駐車場に赴く事で僕の勝利感は満たされる。ひいては「ゴミ」を捨てる為だけに地下に向かう事もやはり「負け」であり、あくまでも「外出するついでにゴミを捨てる事が出来た」自分に満足するのである。一石二鳥感ね。

買い物をする時もそう。以前は小銭入れに貯まった1円玉と5円玉はデスクの上のちっちゃいバケツに順次放り込んでいたのだが、バケツの中身は増える一方。「これじゃあイケナイ!」と思い、最近では出かける前にバケツの中から1円玉と5円玉を取り出し、小銭入れに1円玉4枚、5円玉1枚が常備される状態を作る様にしている。これだと、会計の端数がいくらでも対応出来るもんね。端数が9円だった時の勝利感はなんとも言えない。一挙両得である(支払いをしているのになにが両得なんだか…)。

デスクで曲創りをしていてもそう。曲創りの為だけに時間が過ぎてゆくのは、なんかもったいない様な気がして、台所で煮物を仕込んだりする。曲が出来て行くのに並行して、じっくり時間をかけて煮込んだ料理が出来上がった時など、明け方に乾杯!という事になる。ま、いつもそう行くとは限らないのだけどね。

今、僕はワープロをかかえて原稿を打ちながら、トイレで用を足している(これはウソ)。

09一文字連合

人間なんてしょせん自分勝手な生き物である。この世に存在するほとんどのモノには名前があるが、どれもこれも人間の主観で付けられたものばかり。ま、動物は言語を使えないのでいたしかたない事なのだが「フンコロガシ」や「アホウドリ」や「ナマケモノ」や「バフンウニ」の心中はひょっとしたら大憤慨なのかもしれない。「オカメ」に似てるから「オカメインコ」、ウマみたいだから「ウマヅラハギ」じゃあ、あまりに見たまんま過ぎやすぜ。

まだ、それらの名前らしきものが付いているヤツラはいいとして、気の毒なのは、たった一文字の連中。「蚊」とか「藻」なんて果たしてネーミングと呼べるのだろうか。

「あまりに存在感なさすぎるよなあ」なんて「蚊」と「藻」がボヤいているところに「ボクも仲間に入れてくださいよ」と「鵜」がやってきた。「せっかくとったアユを人間の都合で吐き出すなんていうハードワークの割に名前が軽すぎやしませんか?」「ワタシの立場も考えて下さい」「アンタ誰です?」「津です、県庁所在地ですよ。なのにこんな吹けば飛ぶような名前…」「おっしゃるとおり!」。そこに今度は「目」がやって来た。負けじと「胃」もやって来て人間のパーツ部門の勢いは止められない。「毛」「歯」や「身」までも名乗りを上げてドサクサにまぎれて人間には付いてない「尾」も末席に。

そうなると自然界も黙っちゃいられない。「木」「根」「野」「火」「田」「菜」が加わると、こうなったらジャンルなんてカンケーねー!と「湯」や「絵」「戸」「間」「酢」「荷」も参戦。

「我々一文字の単語の地位向上の為、一丸となって闘うぞー!」「みんなで『手』を取り合ってガンバロウ!」「そうだ!『輪』になろう!」「体制に『矢』を放ちましょう!」「世間との『差』をなくしましょう!」「プー」「誰だ!せっかくみんな団結の意志を固めている時に『屁』をこいだのは!」

その後、犯人捜しでとっくみあいの大ゲンカ。とうとう「血」をみて「死」にいたるモノも出てしまい、全ての計画は「無」になったとさ。

10機械ってバカ

電話が鳴ったので出てみたら「ピーーヒョロロロローー」と耳をつんざくノイズが受話器から響いてきた。そう、FAXを送って来たのだ。でもこの電話にはFAX機能は付いておらず、明らかにマチガイ電話なのだ。「ピッ」と電話を切ってしばらくすると、またベルが鳴る。出てみるとまた「ピーーヒョロロロローー」である。困ったもんだ。相手先の応答がないと、自動的に5分おきに5回に渡ってのリダイヤル機能。相手の電話機はマチガイ電話だという事に気付いていないのだ。こういうところ、機械ってバカだなあと思う。便利な機能ではあるけれど、状況判断までは出来ないのだ。

ボーリングでストライクを出した時、上から残ったピンの数を数えに降りて来る機械は、結局ピンが一本も立っておらず、その事を感知してファンファーレを鳴らしたりする。ピンをはさむ為に降りて来たのに「アラ、ピンないわ、じゃ、ストライク」みたいなカンジがちょっとカワイイ。反対にガーターだった時は御満悦。10本全部はさんで持ち上げる事が出来るのだから。そのかわり、レーン上に散らばったピンを掃除する為に降りてくるバーみたいなヤツは肩透かし。「アラ、一本もあらへんがな…ガクッ」みたいなカンジが機械のバカさを象徴していて、これまたカワイイカンジもする。

ビデオ録画を予約して仕事に出かけたが、チャンネルの入力を間違えていて全く違う番組が録画されてた、なんて経験は誰しもあるだろう。ヤツもやはり融通が効かない。留守中のビデオデッキの気持ちを思うと実にフビンである。「アラ、間違うてるがな…このチャンネルちゃうがな、あー、時間や、録画せんとアカン…けど、これ御主人様がいつも見てるドラマの裏番組やがな。こんなん録ってもどーせ見いひんどころか、ヒンシュクやん。あー、でも体が自動的に録画しよるー、ムダな労力やー!」間違った入力に従わざるをえないデッキの声が聞こえてくる。

ワープロも相変わらずアホだ。自分の名前を打とうと「カモン」と入れたら「家紋」と出てきたりして。オレは雛人形買う時のサービスか!

11開封について考える

封を開ける時の喜びはひとしおだ。誕生日にプレゼントをもらって「開けてみて」なんて言われて、おぼつかない手つきでリボンをほどき包装紙を開けている時、実にワクワクするし、しばらくご無沙汰だった友人からの手紙をポストに発見した時なんかも「早く封を切って中をみたい!」という感情のボルテージが上がる瞬間だ。家に帰ってコンピューターを立ち上げてメールボックスを開ける時もそう。「メールが5件あります」なんて表示されると嬉しく、反対に「メールは到着してません」だとガッカリ。 そんな心トキメく「開封の儀式」。開封に水を差すパッケージが多いと思いませんか?商品管理の為に仕方ないことなのだろうけど、開封する時にストレスを伴う商品達。

例えばビンに入った風邪薬などの錠剤。新品を開けた時、中に詰まってるビニールは困ったちゃん。ま、運搬する際に錠剤同士がカチャカチャぶつかりあって欠けてしまわないように、という配慮なのだろうけど。でもアイツさあ、取りにくいやん。特にちっこいビンだと、指でつまみだせないもんだから、つまようじとかボールペンの先っぽで力任せに引っ張りだしたら、ビニールと一緒に錠剤も2、3粒飛び出したりしてさあ。

CDやMDのパッケージにもイライラビーム!開封の為のクルクルってはがすテープのスタート部分はわかりにくくて結局歯で突破口を開けて一気にはがしたりしてね。カップラーメンもそれに近い傾向があり、あー!

コンビニのおにぎりの開封システムは、ここ10年くらいの間にいろいろ前向きに試行錯誤を続け、現在の「1、2、3方式」にほぼ定着した。1でセンター、2と3で左右を引っ張る。乾いた海苔を瞬時にしておにぎり本体に手を直接触れることなく巻きつける素晴しいシステム。だけど弱点がひとつ。時々海苔のはしっこがちっちゃい三角形でパッケージ内に残ったりする。おいてきぼりになった海苔の破片が少しカナシイ。

「おやめになってー!」なんて言う悲鳴の中、帯をほどく悪代官の「開封の喜び」に水を差すのは時代劇の主人公。

12お酒の流行

先日とあるカウンターバーで飲んでいて、マスターとお酒の流行りすたりの話になった。

「そういえば、最近は女の子の80%がカシスソーダを注文するよなあ、カシスウーロンなんていうのも出て来たしなあ、一時はモスコミュールがやたら流行った事もあったし、カルアミルク全盛の時代もあったなあ。」

「バブルの頃はカクテル系、マティーニとかマンハッタンなんかがよく出ましたよ。」

「あー、オリーブがプラスティックのつまようじにささっててねえ…、いつもクァントローをストレートで飲んでる女の子おったわ。そう言えばいわゆるフィズって最近全くお目にかからへんなあ。昔、洋酒喫茶ってあってさあ、入口のショーケースにバイオレットフィズとかカカオフィズとかの見本が陳列してあってなあ…」

「ズブロッカも流行りましたねえ。」

「あー、あのウオッカの中に薬草が入ってて冷凍しても凍らへんのな、ズブロッカの二日酔いは最悪やったなあ。」

「ほんの20年位前までは、スナックにボトルキープするのが主流で、そのほとんどがサントリーオールド、いわゆるダルマってヤツでしたよねえ。」

「オールドかあ、最近見てないなあ。マジックで名前なんかを書いたりしてねえ。オールドの下が角ビンでさらにホワイト、レッドかあ。リザーブとロイヤルがオールドの上やったなあ。水割りってほとんど飲まへんもんなあ。ま、バーボンソーダは相変わらず飲むけど、僕らのオヤジの世代はほとんど水割りで、ジョニ黒とかジョニ赤のステイタスはすごかったもんな。誰かからもらったりなんかしたら、ウチのオヤジもチビチビと大切に飲んどったなあ。飲んでしまったら中にサントリーレッドとかホワイト入れて、親戚のオッチャンとかが遊びに来て目ざとくジョニ黒のビン見つけて『おっ、いい酒がありますねえ』なんて言って、中身はレッドやのにウチのオヤジも『ホナ、一杯飲むか?』とか言って『さすがジョニ黒!』なんて親戚のオッチャンの舌のいい加減さが露呈されたりしてなあ。」

ピュアモルトのウイスキーをロックで飲みながら、夜は更けてゆく。

13ルーツ再発見

先日あるテレビ番組で、僕の今までに人生を再検証する企画があった。中学時代に作っていたオリジナルソングのカセットテープから、最近のコレクションまでを紹介していく中で新たな発見があった。 どうやら僕は昔から、メインで王道のモノではなく、少しポイントをズラしたモノに興味があり、僕自身もそういうモノを生み出すのが好きなのだ。

僕が中学の時に友達と作ったフォークユニットの名前が「GIV(ギブ)」。これは明らかに当時人気のあったグループ「GARO(ガロ)」を意識している。 その頃作った曲に「蚊取り線香」というのがあるのだが、これも当時人気絶頂だった吉田拓郎さんの「線香花火」の影響モロウケだ。

ある時、新世界の食堂で「三つ扇サイダー」という清涼飲料水を見つけて始まったコレクションが自宅のサイドボードに150本。「ファイブアップ」や「リポチオンC」「バイオミンC」なんていうのもあって、本家から微妙にズレているカンジをなんとも愛おしく思う。

地方のビジネスホテルに置かれているハミガキもそう。「サンスター」や「ライオン」などの一流どころは少なく「モーニングスター」とか「ハッピーフレッシュ」なんて、いかにもというネーミングであるところに興味を持ってしまう。

そう考えると、僕の唄の世界のひとつの柱でありライフワークでもある「替え唄」も、それらの存在に似てやしないか?

デビューしたての頃、よくインタビューで「歌手」なんですか?「お笑い」なんですか?と聞かれたものだ。その都度僕は「両方なんです。音楽と笑いをいかに融合させるかが、僕のテーマなんです」と答えてきた。この微妙なラインを今後どこまで極められるかが僕が生きる事の意味だと思っている。

14ライブ会場の子供達

僕はずっと20代に向かって唄い続けて来たつもりです。「恋愛」というステージに現役で立っている人達の心の動きや行動を描写したりするのが好きだし、流行のにない手である世代に支持されたいし、いつまでもポピュラーなフィールドで勝負をしていたいしね。「時代」の中でリアルな唄を唄って行きたいと思ってやって来たつもりです。

ライブ会場にはありがたい事にその世代の連中が中心に集まってくれます。デビューして18年になるので、けっこう上の世代のお客さんも居ますが中心は20代をキープ出来てるかな、とステージから眺めては確認しています。

不思議なのは、どの地方に行っても必ず会場に「子供」の姿があるんです。全体からの割合は少ないのですが、小学校高学年から中学生、この世代はわかるんですよ。僕自身がその年齢の頃、地元茨木の市民会館で公開録画なんかがあったら心踊らせて見に行ってましたからね。

でも「8才」とか「6才」とか、時々いる「4才」とかの子供に、とうてい僕が唄ってる世界は理解出来ないだろうと思うのですが、これまた必ず居るんです。時には5才の女の子が僕の似顔絵付きのお手紙をくれたりして「かもんのおじちゃん、がんばってね!」なんか書かれた日にゃあ、僕の心はドギマギドギマギ。一体何を気に入ってくれてるんだろうか?とハテナの嵐。

ほとんどの場合が両親が僕のCDを車の中で聞いててその子供が喜ぶので一緒にライブに来たというパターンなのですが「先月からないの…」「…捜したのか?」「…そじゃなくてーーー」なんて、5才児が理解出来るはずがございません。でも、ケラケラ笑ってたりする。彼らがどんなふうに成長して行くのか心配になったり、責任を感じたり。

15好きな映画

「好きな映画をあげてください」と仕事柄よく聞かれる。洋画だと「ブルースブラザーズ」「ローズ」「ミッドナイトエキスプレス」…どうしても20歳前後の時に観た作品が中心になってしまう。これらの映画より、完成度の高い映画にもそのあと触れているハズなのに。

「心に残る映画」とは「どんな精神状態で、どんな時期に観たか?」によって決まるのだと思う。その頃の僕は丁度落語家を破門になり「今後の人生どう進めようか?」なんて考えながら全国を放浪していた。冬場スキー場でアルバイトしていた時にツアーのお客さんの前でギターを持って唄い始めた。

「音楽と笑いの融合を極めよう!」と決意した時期である。そんな中、たった一日の休みをもらって長野市内で観たのが「ブルースブラザーズ」だった。スクリーンではまさに「音楽と笑いの融合」が展開されていた。

「ほぉー、こんなやり方もあるんだ…」影響を受けた僕はその後、映画の中で唄われる「ローハイド」の替え唄で「ヤーさんヤーさんヤーさん♪」なんて唄ったりするようになる。「ミッドナイトエキスプレス」は監獄モノ。理不尽に捕まった主人公が最終的に脱獄するのだが、獄中の不自由さと精神的なストレスの描き方が印象に残っている。

師匠のお家を破門になりかかっている時期に観たのだが、今思うと、その時の僕は明らかに主人公に自分を投影している。内弟子生活と獄中を比べるなんて、いささか師匠には失礼であるが「なんとか脱出して自由になりたい」なんて思っていた時だったので、ラストの脱出シーンには心から涙したものだ。

感性が非常に敏感であり、しかも不安定で、様々な事を乾いたスポンジの様に吸収する時期に観たこれらの映画が、今後も生涯観た作品の上位を占め続けるだろう。

16交通安全講習会

駐車違反やらなにやらで、免許の点数が6点になり「講習会に参加すれば0にもどしてあげましょう」という通知が来たので東京は府中の試験場まで出掛けて行った。

この手の経験は20代の頃は不満タラタラでとっても嫌だった記憶があるが、今回はなんだか楽しくって。午前中は教室で教官の講習。学生時代を思い出した。午後からのコースは2つあって、ひとつは教官が車の横に乗っての運転査定。もうひとつは実際に街角に立っての交通安全指導。後者の方が四千円お安くなっている。迷わず後者を選ぶ。だって「交通安全」と書かれた黄色いタスキを掛けて、腕章をして「横断中」と書かれた旗を持って交差点で安全指導するんですよ。

こんな楽しい事ありますか?街頭に立って人の目にさらされるのが嫌な人は四千円高いコースを選ぶ事が多いらしいのだけれど、僕は9人ひと組のワゴンに乗って近くの駅前へ!信号が青になるたびに「横断中」の旗を掲げます。交差点のいろんな地点を5ケ所ほど10分くらいずつで交代して「安全指導」をします。

この日は秋晴れの気持ちイイ気候で、僕はついつい職業柄道行く人達を観察。絶好のマンウォッチングの機会です。普段交差点に1時間も居る事なんてないからね。当局のみなさんには申し訳ないけれど、ちょっとした遠足気分でした。免許を受け取って4時に終了。あー面白かった。でも待てよ。誰も嘉門達夫って気付いてないやん。

もちろん今日はサングラスしてないけど…オレってバレてないやん…これってちょっとナサケナイんとちゃうん?街角にも立ったというのに…と思っていると、廊下に出た途端学生っぽい男の子が3人近付いて来て「…こんな時に悪いんですけど、サインしてもらえます?」知っとったんか!あー、よかった。

17文化鑑賞会

デビュー以来毎年何校か学園祭のステージで唄って来た。ほとんどが大学で、ごくたまに高校。学祭は雰囲気が楽しく、まさに「これから何かになろうとしている連中」の前で唄ったり喋ったりするのは嬉しい事なのだけれど、こないだは中学生の前で喋って来ましたよ。まさに自分の子供の年齢ですよ(ボク独身)。

友人の朝日放送に勤める小田くんから「是非来てくれー!」との頼まれて彼の息子が通っている神戸市須磨北中学校へ。中学ですから催しのタイトルも「文化観賞会」となる訳です。文化?鑑賞?と少々違和感を感じながらも、いつもとは少し違う意気込みで体育館のステージへ。

この日は父兄も自由参加(僕と同世代、もしくは少し下の主にお母さん達)、近隣の小学5、6年生も含めて700人の前で喋り、数曲披露。なんとか少しは為になる事とかも言わなきゃ!とか思いつつ、僕の中学時代の話やら現在までの道のりやらを喋りました。

国語の丸尾先生は僕と同い年。いつも授業で僕の唄を教材として使ってくれてるそうで、生徒があらかじめ僕の唄を認識してくれているのは助かりました。「日本語あれこれ」「タテマエと本音」「マニュアル言葉」「パロディ」「漢字」「楽しい学校」「言葉あそび」などをテーマとした授業をする時に僕の唄を重宝してくれているそうなんです。僕が学校を訪れる少し前からお昼の時間は嘉門達夫へヴィ-ローテーション!いいのか?(男女の修羅場など彼らには理解出来ないのも多々ありなので)でも、みんなゲラゲラ笑っているらしい。

ステージの上で感じた彼らのキラキラした興味津々のマナザシがまぶしく、いつもと勝手が違う客層が新鮮でした。面白かったかな?

18文化観賞会2

神戸の須磨北中学校で講演をして来たと前回書きましたが、さすが「文化観賞会」。

みんな感想文を書いてくれて、それらがまとめて送られてきたので面白いから紹介しますね。

「嘉門さんの中学時代の事とか聞けてよかったです。好きな事の為に努力するという言葉が心に残りました」(わかってるやんけ!)

「嘉門達夫さんと言えばすごく軽いイメージを持っていたけれど(そ、そーなんや…)話を聞いてみると全然違った(そ、そやろ…)自分の居場所を見つけようという話は私も考えた事があって、勉強になりました」(そーかそーか)

「ああいう人が身近にいたら一日中笑いっぱなしで声が枯れるだろうなと思いました」(普段は静かやで、オレ)

「みた感じはイケイケオヤジみたいな感じでとても若々しいオヤジでした」(どんなオヤジや?)

「最近行事続きでとてもつかれていましたが、つかれが一気にふっとんでいきました」(君達も疲れてるのね)

「最初嘉門達夫が出て来て(呼び捨てかえ!)あー、嘉門達夫やーと思った」(なんじゃソラ!)

「おもしろかった。どこかの店でCDが売っていたら試しに買ってみたい」(た、試しって…)

「今日のトークショーは実に感心させられました(おそれいります)想像力というものが分かるような気がして来ました」(それは素晴らしい!)

「弁当の時間に嘉門さんの曲をいろいろ聞いておもしろかったりつまらなかったりしたけど(君、辛口ね)生のトークや唄を聞いているとずっと笑いっぱなしだった」(そーかいそーかい)

「たぶん俺よりおもしろかった、くやしかった。嘉門達夫のライバルはたぶん俺になるだろう」(おっ、凄いなキミ)

なんかみんないろいろ感じてくれたみたいで、中学での講演もおもしろいなっ。

ダイエット記録

以下のコラムは、2000年夏〜秋にかけての、ダイエットの記録である。

19ダイエット大作戦!かもたつ2000 第32回

ちょっと痩せてやろう!なんて思ってダイエット中である。思えばここ20年「ステージ以外でエネルギーを使うのはエネルギーの無駄遣いだ」等と屁理屈を言ってほとんど運動らしい運動をして来なかった。移動も車がほとんどなので、長時間歩く事すらなかった。ツアーでは一日2ステージ平気でやるので、それで充分じゃないかと思っていた。旅先では各地の旨いモノに舌鼓を打ち飽食が続いた。それでもここ10年は体重が増える事もなく、別に何の問題も感じなかった。しかし先日、撮影したビデオをプロデューサーと見ていて、下顎のところが少したるんで来ているのを指摘され、なんとかせねば!と思ったのだ。僕がやって来た活動はけっしてアイドル的ではなく、内容が全てであるのはよくわかっている。しかし、無駄なぜい肉を落としてよりシャープでソリッドな見た目になった方がカッコイイんじゃないか?と気付いたのだ。人間、なんだかんだいってもまずは見た目である。我々の様に表現の場に身を置いているモノはなおさらだ。このまま「オッチャン的ルックス」で人生をまっとうするか「カッチョイイ大人」としてやっていくのか41歳という年齢は境い目である。あー、よくぞ気付いたモノよ。

で、走ることにした。自宅のすぐ横はこの日が来るのを待ち構えていたかの様に公園なのである。ここに引っ越して来て8年、公園で走る人を横目で見ながら「無駄なエネルギーを使ってるゼ」等とバカにすらしていたのだが「走る人」にとって実におあつらえ向きの公園が目の前にある事実をはじめてありがたいと思った。一周2キロのジョギングコース完備、100メートルごとにラインが引いてあり、何メートル走ったか一目瞭然。いたれりつくせりである。初日はまず、一周をウオーキングし、二周目は走ってみた。2キロも走るなんて!走ると言えば新幹線に乗り遅れそうになった時、駅の構内と階段をハーハーゼイゼイ言いながら走る事ぐらいしかなかった僕の体はすこぶる重い。こうして僕のダイエット大作戦が始まった。

20上岡氏の助言かもたつ2000 第33回

数十年の運動不足から目覚めてジョギング、ウオーキングをしている。ジョギングなら、この人と思い、現在アメリカでゴルフレッスン中の上岡龍太郎さんにメールを送ってみた。

「はーしんど。公園の横に住んで8年。ジョギングする人などを横目で見つつ不摂生な暮しをして来ましたが、このたび一念発起!ダイエット大作戦!一周2キロほどの公園をまずはウオーキングで一周。次の一周はゆっくりジョギング。汗ダラダラ、メッチャエライです。走るなんて行為、電車に乗り遅れそうになった時に駅でするくらいでしたもん。走っていて腕が重いんです。でも、せっかく横に公園があるので、まずは目標達成までは頑張ってみるつもりです。それにしても2キロでこないにしんどいのに、フルマラソンなんて気が遠くなりますわ。改めて尊敬いたします。」

僕としては「そうか、まあ頑張りたまえ!」くらいの返事を期待していた。ところが、こんなメールが返って来た。

「結論を先にいうと、この作戦は、大失敗に終わるでしょう。なぜならば、その方法に、無理があるからです。減量のためにジョギングをするなんていうのは、ジョギングへの冒涜です。すべからく「スポーツ」は、何かの為にするものではありません。やった結果「健康になった」というのならいいでしょうが。ですから、ジョギングも、しんどかったら、止めなさい。しんどいことを、無理してやって、続くわけがありません。走るのなら、楽しく走ることです。気持ちが、嬉しくなったら、自然に走りだせます。子供は、嬉しい時、走りまわるでしょ。犬でも「喜び庭駆け回る」ではありませんか。それでもどうしても、「走りたい」のなら、しんどくないように、ゆっくり走る事です。ゆっくりと、ものすごくゆっくりと、どれくらいゆっくりかというと、走りながら「歌」がうたえるかどうか?が目安です。僕は、いつも、「三橋美智也」です。♪わぁーらぁーにぃーまみれてよぉー。これはかなりゆっくり走れますよ。また、ジョギングでわからないことがあったら、なんでもどうぞ。」

おっしゃるとおりでございます。

21シェイプアップアドバイザーかもたつ2000 第34回

自宅のすぐ横にある公園のジョギングコースをこのあいだから走っている。40代もステージでシャープな動きが出来る様にと、気分はウエイトを落としているボクサーだ。まだまだ暑い日が続く中、上下風を通さない長そでのウエアを着てせっせせっせと4キロも走れば全身汗ダクだ。流す汗の量と「今オレは確実にシェイプアップしている!」という充実感は比例し、自己満足にひたっていると友達の放送作家から電話がかかって来た。「今、オレ公園走ってんねん」と自慢げに言うと、なんと彼はダイエットの番組を3年も担当していたと言うではないか。長そでの上下で走っている、と言うと「それはマチガイ」と指摘された。むしろTシャツに半パンで、常時汗を蒸発させながら、早足で歩くのが体脂肪を燃やすには最も効果的なのだと言う。「ハァーハァーゼェーゼェー」と息が乱れたり、汗が流れる様に出るのはむしろ体脂肪を燃やすさまたげになるくらいだそうだ。聞いてみなければわからないよなあ。それに体脂肪が燃え始めるまでに個人差はあるけど15分~20分かかるので、それ以上運動し続けなければ意味がない事や、運動は空腹時にした方がより効果的である事や、運動前にコーヒーを飲んだ方が、カフェインが体脂肪を燃やしやすくする事などを教えてくれた。

彼の他にもダイエットに関しては一家言持っている人が実に多い。特に女性は実際に体験している人が多く、いろんな意見が僕の耳に飛び込んで来る。「お米やパンなどの穀物はとらないようにする」「マヨネーズは油のカタマリなのでポテトサラダなんかも食べちゃダメ」「果物は果糖成分が含まれているのでとらない方がイイ」「野菜炒めなら油を使っても大丈夫」「体が慣れるので、毎日決まった運動ではなく変則的にする」「鶏のささ身はイイけど皮はダメ」「急に体重を落とすと表皮がついてゆかずにタルんだりするから、ひと月2キロ減くらいがイイ」「朝食は抜いた方がイイという説もある」「靴はひと回り大きいサイズを選ぶべし」…フムフム、なるほどなあ、いろいろやってみよう。

22体が軽くなってきたかもたつ2000 第35回

減量作戦を始めて丁度一ヶ月。ここに、現在までの成果を発表することにしましょう。パッパカパッパッパー!(ファンファーレ)。えー、それでは発表します…ドロドロドロ…(ドラムロール)ジャン!体重7キロ減!!パチパチパチパチ!!(自分に拍手)。どうです?人間やれば出来るじゃないですか。食事制限と有酸素運動でこの成果!7キロと言えばあーた!1.5ℓのペットボトル4本半ですよ。ペットボトル1本でもそこそこ重いのに4本も持ってごらんなさい。5キロのお米より重いのよ。当たり前だけど。それにしても、そんなに重たいぜい肉が一体どこから落ちたのか?ちょっとこれ、まだわからないのよね。と言うのも、テレビに出てる自分を見ても、前とたいして変わってない。「そう言えば少しスッキリしたかなあ…」程度。なんか、頼んないなあ。それに自分の体をマジマジと眺めると、まだまだ無駄な肉がある。一体何キロ落とせば、ハタから見ても「おっ、痩せたやん!」となるものなのか?このまま計画を続行する所存でございます。

自分でも驚くのは、最近走るのが楽しい!なんという変わり様でありましょうか。あんなに運動を否定していたのに、体を動かさないとかえって気持ち悪いくらいでして、摂取カロリーは落としているものの、走ってるから基礎体力が付いて来たのですね。ウチの真横にある公園、イイ公園なんですよ。なんて引っ越して8年間無視してきたのだけれどね。この時期だと、セミの鳴き声から徐々にコオロギの鳴き声に変わっていく様子とか、天候によって木々のざわめきが違う事や、失速して地面に落ちてきたセミをネコが目ざとく見つけて格闘している姿やら、季節と自然を感じるんですよ。ここ十数年こんな事はなかったなあ。車でしか移動してなかったもんなあ。「ウチの近所にこんなスポットがあったんだ」とか「この道、こんな急な坂だったんだ」とか新たな発見がイッパイよ。やっぱり、未知の扉は開いて見るもんです。自分が変わることによって、自分から生まれる作品も変わる様な気がして来たよ。(このテーマ、しばらく続きます)。

23食事制限かもたつ2000 第36回

ワタクシが一ヶ月で体重を7キロ落とした嘉門達夫です。有酸素運動(ジョギングやウオーキング)をするのも大切なのですが、今日はここんところの食生活についてお話ししましょう。なるべく穀物はとらずに、動物性タンパク質は鶏のささ身、豚の赤身、カジキマグロ、ホタテ等を食べます。あとはひたすら野菜!野菜!野菜!もやし、ニラ、キャベツ、オクラ、たまねぎ、なす、ブロッコリー、アスパラ、ワカメ、タケノコ、シイタケ、マイタケ、しめじ、エノキ、小松菜…それらを豚やささ身と共に蒸すんです。それでポン酢と七味をかけて食べる。この際使用するポン酢は大阪にしか売ってない「旭ポン酢」。僕もいろんなポン酢を試しましたが、ポン酢界に於いて「旭ポン酢」を超えるポン酢に出会った事がありません。東京では手に入らないのですが、ありがたいことにファンの人や友達の桂雀々が送ってくれるので、助かってます。「旭ポン酢」がなければここまで野菜を食べ続けることは出来なかったかもしれません。

余談ですが、以前東京の番組の料理のコーナーに出演した時「ブタもやしせいろ蒸し」という料理(料理というほどでもないが、空堀商店街にあるお好み焼きの「冨紗屋」の定番メニュー)を作った時も、局の人に「ゼヒ、旭ポン酢を取り寄せてもらいたい!」とお願いしました。その時の「旭ポン酢」さんの答は「ウチはもう現状で手イッパイなので、あんまりテレビで宣伝せんといて下さい」だって。みんなマスコミを少しでも利用しようとする世の中でこの様なコメントを聞いて、僕は益々「旭ポン酢」のファンになったのですよ。

旭ポン酢を野菜にかけてせっせせっせと食べております。そればっかりじゃあ飽きるので、時にはタケノコとワカメをダシで炊いたりね。「ケロッグオールブラン」もいいですよ。牛乳をかけてね。牛乳も、最初は普通のヤツだったのが、低脂肪牛乳になり無脂肪牛乳になりエスカレートしたりなんかして…。そんなモノを食べて、公園を走って7キロ減です。ところが異常事態が!詳しくは次週!

24足が痛い!かもたつ2000 第37回

8月上旬からジョギング、ウオーキングを始めて、食事のカロリーなんかも気にして、現在9キロ減。体も随分軽くなったと同時に「走りたい!」という欲求が発生するようになった。旅にもジョギングシューズを持って行き旅先で汗を流す事も。先日鹿児島に行った時、あんまり天気が良かったので、空き時間にホテルを出て港のほうまでゆっくりゆっくり走りに出かけた。桜島が目の前に見えて、なにより海風を感じながら走るのが心地イイ。公園のジョギングコースだと、景色も限定されるが、旅先だと風景が変わるので気付いたら相当遠くまで来ていた。なんだか鎖を解き放たれた犬が喜んで遠くまで来たしまった、みたいなカンジ。

東京に戻っても、いつもは車で20分のヘアーサロンまで往復2時間かけて歩いて行った事も。車の窓からしか見た事のない町並みが新鮮に見える。

てなカンジで、調子にのって足を酷使していたある日の朝、足に激痛が。まともに歩くのが困難なほどの痛み。数年前ラーメンの食べ過ぎで(60本のツアー中、各地でその土地のラーメンを食べるというテーマを実行)で痛風になった時の症状と似ている。でもちょっと待てよ、カロリー落として、なんで痛風?と首をかしげ、足をひきずりながら整形外科になだれ込んだ。お医者さんが言うには「急に運動を始めたので疲労骨折かもしれません」だって。これはカッコワルイぜ。肉体の老化を肯定しているようなものではないか!果たしてレントゲンを撮ってみると「関節炎」だって。まだ疲労骨折よりは聞こえがイイ。だって関節炎ってスポーツ選手とかかよくなるヤツでしょ。まともに歩けないので、松葉杖を借りて帰ってきたわん。あー、せっかく体が運動に慣れて来たのにこの激痛じゃあ走れないじゃあないか。ひょっとしてこういう機会にリバウンドするのか?完治するには2週間かかるって言うし…。でも大丈夫。間もなく現在制作中のシングルとアルバムのレコーディングが佳境に入るので、ここしばらくはとても走っている余裕はない。その間に足も治るだろう。そしたらまた走り出すぞ。

2541歳は思考の曲り角かもたつ2000 第38回

「41歳にしてジョギングを始めた」という話を同世代にすると、意外にも「実はボクも最近走ってるんです」という声を良く聞く。んー、これはどういうことか?考えた末の結論は「みんな、老いを感じずいつまでも現役でいたい」という事なのではないだろうか。先輩のサザンの桑田さんも最近タバコをやめたと聞いた。矢沢の永ちゃんはレコーディング中50日間禁酒したらしい。海の向こうのアメリカでは、ミック・ジャガーが体を鍛えてるって言うし、40代50代のアーティストたちはこぞって不摂生をやめて精進している。「セックス・ドラッグ・ロックンロール」を実践していた連中がである。

20代の頃は目の前に明るい未来が開けるばかりだった。夢は必ず実現する、という思い込みだけで突っ走る事が出来た。30代でそこそこ認められるようになり、仕事の実績も上がりはじめ、手応えを感じつつ「オレのやり方は間違ってなかったな」なんて思いながらさらに走った。で、40代に突入。同窓会に参加したりすると同級生がオッサンになっていて愕然とし「老眼が出て来た」とか「徹夜が辛い」「オシッコのキレが悪い」などという声を年下のヤツからも聞いたりするたびに「エーッ!ホンマかいな?そのうちオレの身にも?」とビビッたりする。20代30代と走ってきたおかげで、それなりの地位も得ている。でも待てよ、これって、もう引き返せないって事じゃないか。気が付けば、やり直しの出来ない所まで走って来てたわけだ。こりゃ大変だ。この先もさらに走り続けるには何をすべきか?体を鍛え始めるのだ。誰しも年はとりたくないし、現実問題、老化は始まっている。そのはざまで、襟元を正すのが今の僕の年齢なのだ。

将来の夢は?と聞かれ僕はいつも「80歳まで現役で、ライブハウスで唄う事です」と答えて来た。ノスタルジックな存在としてではなく、あくまで「現役」にこだわりたいと思っている。人生の半分が過ぎた今、このまま下降するのではなく、あくまで上昇する為に、気力、体力の充実が必要なのだ。

26その後のダイエット大作戦かもたつ2000 第42回

8月から2ヶ月かけて体重を10キロ落とし、今のところリバウンドする事もなくキープしている。最初の7キロ減らすあたりまでは誰も気付いてくれず、頼りなかったのだが、さすがに10キロ落とすと会う人会う人に「随分スリムになりましたねえ」と言われるのがウレシイ。だけど人によっては「どっか悪いんちゃうか?」と思うらしく、言うに言えないなんて気遣いがあったりするのも面白い。

長年定着していたオールバックのヘアースタイルから微妙な色使いの金髪にもなったし「嘉門達夫改造計画」は着々と進行中だ。

先日長崎にキャンペーンに行って地元のテレビに出演した時も、女性対象の番組だけあって「痩せましたね談義」でもちきりだった。去年その番組に出演した時のVTRが流れて愕然。どうひいき目に見ても太っている。特にアゴのラインはまるで別人。去年の僕はまるで水面で口をパクパクするオタマジャクシかトラフグの様だ。アゴのラインがスッキリした今だから言えるのだけれど、よくあんな姿で面前に出ていたもんである。そのあとラジオにも出演した時も、パーソナリティーのアナウンサーが「随分スリムになられましたねえ、以前はも少しボテッとされてましたが…」ボテッとしてた?その時に言うてくれっちゅうねん。ま、言えないか。

もうこうなったら何が何でも元の姿に逆戻りは許されない。ホームページの掲示板に書き込みをしてくれるファンの人達もみんな「カッコヨクなったカッコヨクなった」と絶賛の嵐。仕事先で出会う人達、とくに女性からは「えー!どうやったらそんなに痩せられるんですかー?教えて下さーい!!」と引っぱりだこの人気者。ワー!キャー!

今回あらためて自分に頬骨があった事を確認。ヘアースタイルとの相乗効果で、こないだなんか「アーノルド・シュワルツェネッガーに似てますねえ」って1日に3回も言われちゃったもんね。それにしてもシュワルツェネッガーとは意外で新鮮な驚きである。

もう引き返す分けにはいかない!このまま21世紀に突入だ!