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COLUMN

禁煙への道

短期集中不定期日記的コラム「はじめての禁煙!」
2006年1月25日〜4月14日

012006年1月25日
喫煙中の嘉門タツオ
マルボロ、ライター、離煙パイプ

タバコって一体なんだろう?と、ここ数年考えるようになっていた。僕が初めてタバコを吸った頃は今みたいに嫌煙の風潮もなく、大人になるとタバコを吸う=タバコを吸って大人に近づく、という意識だった。実際タバコを吸う大人の姿はカッコ良く、松田優作やショーケンなどが煙をくゆらす姿に憧れて、早く大人になってタバコの似合う人になりたい!と思っていた。そう言った意味ではダウンタウン・ブギウギバンドの「スモーキンブギ」はとてもタイムリーな唄だった。

あれから時は流れ、タバコはすっかり生活の中に定着し、愛しい存在になっていた。セブンスター→ハイライト→マルボロ→マルボロメンソール、付き合う女性が変わるように銘柄も移り変わった。しかしここ数年の嫌煙の風潮。どうしたことか?と思っていた。「毒のある唄を唄い続ける上で、多少毒のあるモノを摂取した方がイイ!」などという理屈をこねたりもした。世間が嫌煙、嫌煙と騒ぐたびに、その品行方正的な健康ブームにのっとった流れに反発を感じていた。でも、それと同時に、僕の中で「タバコってなんだろう?よく考えたら本当に必要か?」という疑問も湧いて来ていた。そこへさして、桑田さんがタバコをやめた、と聞いた。5年ほど前の事だ。僕は桑田さんがハイライトを吸う姿に憧れて、一時同じ銘柄を吸っていた。どんなにハードなステージをこなしても、ひたすらハイライトを吸う桑田さんがカッコ良かった。それが、それが、禁煙したのね(涙)。さだまさしさんがタバコをやめた、と聞いたのは2年ほど前だった。あのクリスタルボイスは喫煙しながらも響いていたのね。でもやめちゃったんだって(涙)。唄を唄うという職業にとって、タバコはやはり弊害なのだろうか?41歳の時僕は「これからもシャープな姿でステージに立ち続けよう!」と決意して、ジョギングなどで体重を13キロ絞った。タバコもやめるべきか?

そんな事を考えていた矢先、僕はかねてからの持病「痔瘻」の手術をするために、レコーディング開けに1週間入院する事になった。これは禁煙のチャンス?今ドキの病院はロビーなども含めて全館禁煙で、喫煙者は敷地の隅っこの掘建て小屋みたいな喫煙スペースまでわざわざ行かなければならない。あー、面倒くさい!これをキッカケにタバコはやめよう!丸一日はやめてみた。しかし、ありがたい事に個室に入れてもらっていたので、退屈やん。深夜に看護士さんの見回りも終わって、フッとひとりになった時、窓を開けてタバコに火をつけた。見つかったらこっぴどく怒られる。なんせここは病室なのだ!その背徳心が、タバコの旨さを助長し、僕は確信を得た。「タバコとは虐げられて、隠れて後ろめたく吸うモノなり!」。この結論を得てからは、空港や駅の隅っこの喫煙スペースこそがふさわしいモノであり、オフィスなどでは吸うべからず!しかし、コソッと抜け出して火をつけ吸い込む行為がけっこう気に入っていた。反面「よく考えたら、オレは本当に吸いたいのか?」という疑問も時々脳裏にチラついていた。タバコよ!タバコ!お前はオレにとって一体なんなんだ?

2005年も押し迫るころ、事務所に「禁煙グッズ」を体験して、結果禁煙に成功して、その模様を報告する、という「仕事」が舞い込んで来た。いろんな仕事があるもんですね。話を聞いたら1ヶ月毎日パイプを取り替える事によって、日を追うごとに0,3%ずつニコチンの摂取量を減らしてゆくシステムだそうだ。そして晴れて禁煙に成功すれば、その体験をインタビューしてもらって、そのシステムの宣伝に一役買うというモノ(http://www.riena.jp/pipe.php)。おもしろそうやん、なんか動物実験みたいで。僕は意志の強い男だ!やめると決めたら、明日からでもキッパリやめれる男である!でも、やめる理由が見当たらなかった。しかし、今回のこの話「楽しそうだから」乗る事にした。楽しくなければ禁煙じゃない!苦しい禁煙なんてマッピラだ!事実僕はジョギングを楽しいモノとして取り入れて、今も週に1日か2日走らないとキモチワルイところまで取り込んだ。禁煙も同じハズだ。そして何よりも、禁煙してタバコを吸わない自分が見た「この世界」を体験し、感じてみたいのだ。タバコを吸わない人にとって、煙がどれほど迷惑なモノなのか?タバコをやめたらメシが美味くなる、と聞くがどれほどの美味さなのか?(今でも相当美味いと思っているのだが、、、)。禁煙すると太るというのは本当か?これは未知の世界だ。未知の世界に身を置いて、新たな経験をする事こそが創作のエネルギーになるのだ!それに、こうしてホームページで発表してしまったのだから、今さら引き返すわけにはいかないではないか!

というわけで、僕の禁煙への道がスタートした。現在パイプは9本目。普通に吸うと0.8mgあるマルボロメンソールのニコチンが、今日の段階では0.584mgまで減少した。このまま1ヶ月たって31本目のフィルターを使う段階では0.044mgまで減少する。この段階でニコチン0.1mgのフロンティアライトなどに銘柄を変えてさらに10日。No.20からのパイプを10日間使うと、42日目にはニコチン0.005mgになるという寸法。「吸いながら摂取量を減らす」というのがポイントだ。毎日0.3%ずつの減少なので、違和感もない。そして毎日シミジミと「タバコに別れを告げながら」過ごす行為がせつなくも楽しい。未知のトンネルの様子は、今後数回このコーナーで報告することにしよう。

022006年2月1日

「離煙パイプ」を使い出して20日が過ぎた。かつて一本あたり0.8mg摂取していたニコチンが、今日の段階で0.312mgに減少した。毎日0.3%ずつ摂取量が減っているので、違和感はまったくない。このシステムに乗っかってから、今まで以上にタバコと向き合うようになった。現段階では、まだ「禁煙」という事ではなく、禁煙に向かっての助走段階。あと20日で完全にタバコとサヨナラという事になる。

それにしても、一体いつからタバコはカッコワルイ存在になってしまったのだろう。近頃は病院や学校は当然の事ながら、ビルそのものがすべて禁煙という風潮も広がって、寒空のオフィス街で野外に設置された灰皿に群がる喫煙者の姿をよく見かけるが、とても気の毒で精彩なく感じてしまう。レストランでも禁煙のところが増えており、反対に昭和のころから同じスタイルで営業を続けている歴史ある居酒屋などに行くと、カウンターに当然のように灰皿が常備されており、それはそれでむしろ懐かしさと愛おしさを憶えたりする。そう、タバコはとても懐かしい存在に変貌しつつあるのだ。

僕が生まれ育った大阪府茨木市の線路沿いには、かつて専売公社の倉庫があった。車窓から目に入る看板のコピーは「今日も元気だ!タバコがうまい!」だった。小学3年生の時の学芸会で「裸の王様」の王様役をやった時、どんなシーンだったかは忘れたが、アドリブでタバコを取り出すフリをして、吸い込んで、吐いて「今日も元気だ!タバコがうまい!」と言ったら相当ウケた記憶がある。こういうコピーが何の違和感もなくまかり通っていた時代に僕は育った。駅のホームはもとより、各駅停車の車内でも大人達は平気でタバコを吸っていたし、吸い殻は足元で揉み消していた。飛行機でも平気で吸っていたという歴史が割と最近まである。トイレの大の個室にも灰皿は常備されていた。ウンコをする時はタバコを吸う、という習慣が根付いていたのだ。今でも少し古いホテルに泊まると、金属製の壁から取り外し出来る灰皿が備えてあるところがたまにあり、それが常識だった時代に対して懐かしさを憶える。ホテルではいまだに「ベッドでの喫煙はご遠慮下さい」とベッドサイドに注意書きが置いてあるところも多い。それだけベッドでタバコを吸う人が多かったという証しだ。「ベッドで煙草を吸わないで」という唄もあったし「うそ」「煙草のけむり」などのタバコが登場する唄が高度成長期にはやたら多く、僕らはそれらを聞いて育った。

たかだか10年くらい前の、例えば「伊丹十三監督」の「大病人」などを見ても、医者である津川雅彦さんが診察室で平然と患者を前にタバコを吸っていたりする(伊丹監督は小道具としてタバコの使い方が上手かった)。皇居の園遊会や、国から勲章をもらった時にも、菊の御紋のタバコを土産にもらえたという事実もあるし、企業の応接室のテーブルの上には上等なガラスもしくは大理石の「3点セット」卓上ライター、タバコケース、灰皿が並んでいた(コイツが『生活遺跡』として今だ残っているのに遭遇するのも懐かしい。多くの場合、ケースの中にタバコは入っておらず、居心地悪そうに備品として捨てられるわけでもなく、そこに居続けているのだが)。タバコは接待に使われていたのだ。遠方からの来客に対して「まあまあ一本!」「あ、こりゃどーも、それじゃあお言葉に甘えて!」などというふうに。「タバコは都内で買いましょう!」というコピーもあったな。タバコの煙で輪っかを作る遊びもよくしたし、ウイスキーの空ボトルに煙を注入して、火のついたマッチ棒を放り込むと「ヒュン!」という音と共に青い炎が落下して行くのもミステリアスなカンジがした。高校3年の文化祭で8ミリ短編集を作った時も、高校生にとってタブーであるタバコが大いに活躍した。担任の森山先生がトイレに入って来ると、個室の上から煙が漏れている。「コラー!開けろー!」という事になってドアを開けると、生徒の黒木が七輪でサンマを焼いている、というモノだった。そしてデビュー以来、僕自身の歌詞作りや原稿書きが一段落した時にタバコに火をつける行為も、明らかに気分が変わったような気になったし、発想の転換になっていたように思う。とても仲が良く僕にとって「愛いやつ」だった。

ツラツラと、タバコとの思い出を書き綴ったが、今はもう、タバコはいいか、という心境になっている。前項でも書いたが、むしろ禁煙した先に見える風景の方に興味がある。しかし、あと20日「なごりタバコ」との逢瀬を重ねる。「あー、タバコよ!どうしてお前はカッコワルイ存在になってしまったのか?」と考えながら確実に体内に摂取されるニコチンは日々減り続けている。

032006年2月13日

「離煙パイプ」を31日使った。パッケージ商品としては、ここで一段落で、明日から完全にタバコと無縁の暮らしに突入するのもアリなのだが、僕が今体験しているコースは、ここからニコチン0.1mgのタバコに銘柄を変えて、あと10日、「離煙パイプ」のNo.20から11日間カウントダウンする事によって、最終的に0.004mgまで摂取量を減少させる作戦なのだ。あと10日で本当の別れ。しかし、まあ、もういいかな、とも思っている。でも、ここは永年の付き合いの有終の美を飾るべく、あと10日、タバコと向き合って「サヨナラ」する事にしよう。なんか少し未練がましい気もするが、あと10日間さらに日々0.3%ずつニコチンを減らしてゆくのだ。

昨日までは、従来吸っていた「マルボロメンソール」をフィルターを変えて吸い続けた31日だったが、昨日からニコチン含有量0.1mgの「マイルドセブンONE」に銘柄を変えた。イヤー知らんかったなあ、ずっとタバコはカートン買いしていて、よっぽどの事がない限り自動販売機で購入する事はなかったのだが、今、自販機のそれぞれのタバコのところに、ニコチン、タールの含有量が書いてあるのね。「マルボロメンソール」は、けっこう重い方だったのね。軽いタバコが自販機の大半を占めているのにビックリ。ンー、こんな思いまでして、せめてニコチンを少なく、なんて考慮して吸うタバコ。なくてもいいな。もういいや。でも、もうしばらく、、、、、。

心境の推移を自分で観察しているとなかなか面白い。タバコに手をのばした時「ん?俺は今、本当に吸いたいのか?」と自分自身に問いかければ、「いいや、別に」という答の頻度が多くなっている。では、本当に吸いたいっという欲求を感じるのは、どんな時か?「根を詰めた時」かな。パソコンに向かって作業が一段落した時、考えが煮詰まった時、ここらが欲求ポイント。寝起きや食後はもう別に、、ってカンジ。でもあと10日。この「名残り」を楽しむというのも、どうなんだろう?いっそ今すぐやめてもいいのだけれど、イヤイヤもう少し別れを惜しんで、まっとうしてから、、、。揺れるねえ。この「揺れ」が中毒性のあらわれか?イヤ、それより習慣性との戦いだ。でも10日後には、キッパリサヨナラすると断言します。もうしばらくダラダラ。

042006年2月14日

と、いうふうに昨日の記録では書いているが、なんだか軽いタバコにいちいちフィルター付けてスカスカ吸うのもみみっちく感じ、昨夜の満月に誓って一切辞めました!あと10日はもういいです!どっちにしても別れの時はやって来るワケで、多少のばしてもしゃーねーや。バイバイ!

と言うわけで、現在の心境は「なんだか吸いたいような気もするが、けっして吸うまいぞ!」という、今までにはない環境に身を置いております。しばらく様子を見て、また更新しまーす。

052006年2月20日

イヤー、完全にタバコを吸う事がなくなって、丸一週間経ちましたー!ワー!ワー!ワー!僕は「禁煙」をナメていました。このシステムに乗っ取れば、いとも簡単に禁煙出来るものとタカをくくっていました。ところがどっこい驚いた!長年当然のように摂取されていたニコチンが入って来なくなると、体が「なんで?なで?もう遊んでくれないの?」と訴えます。禁断症状。去年、レイ・チャールズの自伝映画「Ray」を観たけど、その中にレイが薬物中毒から抜け出す壮絶なシーンがあったけど、それのミニュチュア版を体験したゼ。プチ禁断症状アトラクション!

二日目くらいまでは「もう、タバコは吸わないんだ!」と強く意識しているから割と平気なのだけど、三日目、四日目、五日目がしんどかった。「あ、ここで前ならタバコに火をつけていた!」と思う瞬間がどんどん登場する日常生活。朝起きた時、トイレで、パソコンの前で、リビングで、車で、ラジオの収録を終えて、本番のステージ終わりで、新幹線を待っている時に、ジョギングから帰って来て、風呂からあがって、食事が終わって、などなどなど。かつてタバコが組み込まれていた行動パターンが「あ、辞めたんだった!」といちいちストップするもどかしさ。これなのよ、これなのよ。タバコの誘惑これなのよ!お酒が入るとさらに欲求はつのるしね。あー、やはりタバコは魔物だ。かつて多くの先人達が禁煙に挑戦し、挫折して行ったのがよくわかる!しかし、僕はなんとか持ちこたえています。なんともなあ、誰が考え出したのか「煙を吸う」という行為は罪なもんよ。

様々な禁煙テキストや、禁煙に関するホームページなどを見ていると「いかにタバコがキライになれ!と自分に暗示にかける事が出来るか!」が焦点のモノが多いです。今回、僕の禁煙へのキッカケを与えてくれた「離煙パイプ」も、そこいらへんのところを、実に上手くシステム化したモノ。そこで、僕は、いつもの事ながら、少しひねくれた取り組みをして、いろいろ考えてしまうのです。「タバコが絶対キライになる!」と連呼されればされるほど「そうか?キライとちゃうでー。キライで別れるんとちゃうでー。辞めると決めたから、辞めるけど、今でもタバコは吸いたいでー」テキストによると、こういう思想の人間は、再び喫煙に戻るケースが多いとも書いてある。そこにまた反発を感じて「そんな事ないがな!タバコを辞めてその先に見える風景を見に行き、それが当然のところまで行ってやる!」と思っています。

あー、今日は随分楽だわ。禁断症状と言っても、のたうち回ったりするようなモノではなかったし、人に迷惑かけるほどのモノではなかったけど、この体験は貴重です。テキストには、完全禁煙から72時間で、体内のニコチンはキレイになる、と書いてあるけど、肺がタバコを吸わない人並みに戻るのには4~5年かかるらしい。72時間以上経っても吸いたいのは「習慣性」から来るモノと書いてあるけど、そうかあ?脳や内臓にこびりついたニコチン、タールが「ウシシ、ウシシ」とまだ蠢いているよ。コイツらに負けてはなるまいぞ!ガムを噛んだり、水を飲んだり、走ったり、風呂に入ったり、早めに寝たり、いろいろしながら「無煙」の生活に慣れようとしているところです。「メシが美味くなる」ってみんな言うけど、今んところ劇的な変化は見られないしなあ。なんか6年前の「ダイエット」の時と、精神状態が似ているので、以前に書いた原稿を「コラム」のコーナーにアップしとくわ。というわけで、また一週間くらいしたら、様子をお伝えします。

062006年2月23日

あーーーー!!!うえーーーん!アウト?ギリギリセーフ?当初は、今回のプログラムで、僕は31日間パイプを変え続け、No.31のパイプに到達した翌日から、さらに11日間、今度はニコチン0.1mgのタバコに変えてNo.20のパイプからはじめて、最終的に本日を持って、晴れてニコチン摂取量が0.005mgになり、明日から完全にタバコとサヨナラ!という計画でした。

ところが2月14日の段階で「もういいや!」という事で勝手にタバコとサヨナラして9日間。一切煙を吸わずにやってきたというのに!昨日誘惑に負けてしまいました(泣)。制作モードに入ると、イカンなあ。落ち着きがなくなって、思考能力が停止する。って、これも思い込みなのかなあ。ニコチンの魔力やわな。でも、でもね、本来は今日まで吸っていいという計画だからね。昨日はNo.30のパイプで0.1mgの「MILD SEVEN ONE」を数本吸いました(ウフ)。そして今日はNo.31のパイプで2本吸いました(アハ)。9日間のブランクはあるものの、ニコチンの摂取量が昨日で0.008mg、今日が0.005mgと、元々毎日0.8mg摂取していた身にとってはエライ少量の為、よく聞く「久々に吸ったらアタマクラクラきたわ!」という事もなく、制作に没頭しております。

果たしてこれでヨカッタのか?意志薄弱か?オレはダメな人間か?ギリギリセーフだとは思うが。セーフなのか?やはりアウトか?勝手に「離煙」の時期を早めたものの、「もう二度と吸う事はないのか?」という思いがこみ上げ、昨日と今日で本当に最後!!って、ワーン!!こんなんで大丈夫なの?でも9日間の予行演習で、完全禁煙の擬似体験も出来たし、明日から!本当のサヨナラだ!大丈夫かいな?っていうか、こういう精神状態に陥って葛藤している事自体、オモシロイ!、、、、言うてる場合か?アーーー!!

事の顛末はまた報告します。想像以上に手強いぞ!

072006年3月7日

お久しぶりでございます。え?セーフよ!セーフ!でも、まだ正確には完全禁煙出来ておりません(涙)。ニコチン0.1mgのタバコに変えて、減少率95%のパイプで吸い続けております。え?イヤイヤ、それでいいって言うんだもーん!今回の「離煙パイプ」の人がーーー!!これで少なくとも1ヶ月は行きます。それで大丈夫なんだって(って、何がどう大丈夫やら?っちゅうか、最初のニコチン摂取量に戻ってないからOKだって。もし以前吸ってた「マルボロ・メンソール」をフィルターナシで吸うところに戻っていたらアウトだった)。

いやー、新作創ってるやん。アイデアを考えたりする時、まだ僕にはタバコが必要です。この制作が終われば、完全禁煙に向かいます!とはいえ、ほんの2ヶ月前まではニコチン0.8mg、タール12mg摂取していた僕が、今はニコチン0.005mg、タール0.6mgで平気になっているし、本数も明らかに減ってます!まわりの禁煙に成功した人にも話を聞いたりすればするほど、その大変さを感じつつ、今は新作出来るまで、この状態で踏みとどまって、そのあとの事はそのあとで報告しまーす。イヤー、それにしても長年の習慣からの脱却は大変だー!この気持ち、唄ってやるー!

082006年3月28日

ただいま!ただいま!レコーディング終わっただよ!え?タバコ?うふ!まだ完全禁煙には至っておりましぇん!先日など、丸4日一本も口にしなかった。そんな時期もある。作業にタバコが不必要になったと思った。このままサヨナラか?でも、レコーディングが終わった解放感からついつい一本。モチロン1mgのヤツにフィルターを付けて。いや、完全に辞める方向ではある。どーしても吸いたい!というほどの欲求ではない。手持ち無沙汰感も克服出来ている。朝起きてすぐの喫煙はひと月以上ない。っていうか、そこで欲しいとは思わなくなっている。食後もしかり。パソコンに向かって作業をしている時に、どうしても欲しくなり、数本吸ったが、今はもうなくても大丈夫。車を運転しながらの喫煙もしなくなったし、しない方が自然になっている。昨日は二本吸った。今日は一本。一仕事終えた充足感が、火をつけさせている。でももう終焉に向かっているよ。

最初、この計画に乗ろう!と思った時、実に良く出来たシステムだと思った。それは実際にそうだったけど、一ヶ月ちょっとで、完全に煙から離れるのは、僕にはちょっと急過ぎた。今で約二ヶ月半でしょ。徐々に徐々に薄めて薄めて、「いつでも吸える」という意識を懐に隠し持ちつつ、禁煙に向かって行くべきなのだと思った。スッパッと突然サヨナラするのは、何かと無理が出てくる。騙し騙し、少しずつ少しずつ。懐かしさが引き金になる事もある。「あー、かつてはこの瞬間に火をつけていたなあ」と思う事が多々ある。そこを越えられるかが問題なのだ。

というワケで、完全禁煙間もなくです。もうしばしお待ちを!!そこに向かって初めて見える風景が面白い。

092006年4月14日

おひさ~!!ど・う・や・ら・・・「禁煙」に成功したみたいよぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!! 丸2週間、1本も吸ってないしー、吸いたい欲求がナイ!どないだ?

イヤー、思えば最初は「タバコなんてカンタンにやめれるぜ!」と始めたこの「企画?」。途中で挫折も味わい、やはり3ヶ月はかかるわ、僕の場合。とくに、もうすぐ出る新作の制作に没頭している期間の前半はどうしようもなかった。でも、後半にはさほどニコチンは必要なくなっていた。途中でコツがわかったのだ。「明日から金輪際1本も吸いません!」という固い誓いは僕にとって「強迫観念」となり、合わなかったわ。No.31のフィルターに替えて、0.1mgのタバコを日に数本。この期間が重要だった。あんまりガマンしているという精神状態を続けると、かえって意識が高まってイライラしたりするのよね。ま、個人差は大いにあると思うので、あくまでも僕の場合ですけど。

で、よく、タバコをやめてメシが美味くなった、とか、息切れしなくなった、とか聞くやん。そこの実感がまだないのよねえ。メシは前から美味かったし、息切れもジョギングはじめた6年前から、あんまし感じた事はない。こっから「オヤ?」と思う瞬間がいろいろ訪れるのかなあ?ふと、不思議な気分になる事はあります。「なんで自分はタバコを吸っていたのだろう?」というような感情が芽生える事が多いのが面白いねえ。「そういえば、こういう時、タバコに火をつけてたなあ」と、懐かしさを覚える事はあっても、「す、す、吸いたーい!!」と思う事はなくなったな。

先日、さだまさしさんにお会いした時、さださんは9年前にやめられたそうなのだけど(最初の頃のこのコラムに『2年前』と記述したのはマチガイでした)次のようにおっしゃった。「禁煙して3ヶ月、半年、1年、3年、5年、10年、11年と『吸いたい衝動』が襲ってくるって言うよ。オレは9年だけど、11年を越えないと完全に禁煙したとは言えないみたい」。フム!説得力あるお言葉。僕はまだ、離煙初心者だけれど、本当にこういう立ち位置に身を置くと「人は一体ナゼニ?タバコなんぞを吸おう!と思ったのか?」と、はなはだ僭越ではございますが、感じております。おそらく、もう今後、タバコを吸う事はありますまい。今回は良い機会を与えてもらいました。それにしても今思えば、僕が常用していた銘柄は「ニコチン0.8mg、タール12mg」という、けっこう「重い」ものであった、という事すら3ヶ月前には感じる事もなく、当然のようにスパスパやっとったワケだ。「習慣を変える」事の難しさを実感したし、誘惑の多さにも驚いたけれど、こっからはタバコなしで、こっちがわの世界から見える風景も唄って行きたいと思う。

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