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症候群 ジャケット ALBUM
◆ A L B U M ◆

症候群

RELEASE2002.09.21
収録全21曲

セルフライナーノーツ

「症候群」2002.9.21リリース

まずはご挨拶と、中ジャケットの少し長い文章からどーぞ!

僕の新作「症候群」を聞いてくれてありがとう、いつも応援してくれて、とても嬉しく思っています。いろんな立場、いろんな歴史の中で僕のCDを聞いてくれている人達がいて、みんなに支えられて今日まで唄ってこれました。

さて、今作からアレンジもすべて自分で手掛けるようになりました。って言うか、自宅で「打ち込み作業」をはじめて1年半。やっと自分の表現したい「音」がそれなりに作れるようになって来ました。今まで、作詞・作曲こそするものの、アレンジはほとんどプロデューサーとアレンジャー任せ。サウンド面に関しては治外法権的意識でした。今まで目先の文字ばかりにとらわれていたんじゃないかなあと思ったんです。ギター一本の曲作りにも限界を感じ、必要に迫られて遅ればせながらデスク・トップ・ミュージックの道に一歩を踏み出しました。機械に向かう作業は、覚えなければならない事がたくさんあって、かなりの根を詰める事が必要だけれど、確実に新たな扉が少し開いた様な気がしています。この先いくつの新たな扉を開け続けられるかが「時代の中で表現する」事だと思っています。

そして、今回あえてジャケットに歌詞を載せませんでした。この問題はデビュー直後から抱えている問題で、果たして僕の表現する世界に「歌詞カード」は必要なのだろうか?とずっと疑問に思っていました。実際「唄聴く前に歌詞見ちゃうと、面白さが半減するんだよね」と言う声も何度となく耳にして来ました。で、あえて、スタッフの方々にも無理を聞いてもらって「歌詞は載せない」という方針で今回の制作に臨みました。

今後もいろんな事を感じながら、考えながらこの道を進んでゆくつもりです。まだまだ先は長いです。末永くよろしくお願いします。

ずっとこもって音作りしてました。YAMAHAのエンジニア大野拓さんに手取り足取り教えてもらいながらの駒沢公園の部屋思い出します。

続いて中ジャケット文(歌詞を載せていないので、スペース埋めるの大変。今は歌詞はあった方が良いと考えています)

少年時代の夢とコンプレックス症候群

僕の少年時代は巨人軍全盛で時代のヒーローは王、長島でした。「巨人の星」は毎週欠かさず見ていたし、誰もが飛雄馬や花形に憧れていました。野球の上手いやつはハツラツとしていました。庭球を手で打つ三角ベースを休み時間になるたびやったり、屋根にボールを投げて誰かの名前を呼び、呼ばれたそいつがボールをキャッチしなければならないというルールの遊びもよくやりました。

ドッチボールもよくやりました。ドッチボールの好きなヤツは給食を即行で食べて、運動場の場所取りに走りました。ドッチボールが楽しくて楽しくて仕方がなかったのでしょう。

で、僕はと言えば、まったくの運動音痴。運動会ではいつもビリだし、ボールを扱うのも苦手。みんなが楽しそうに草野球やドッチボールをやっているから、イヤイヤ参加していたようなものでした。巨人の星に憧れて、夜、買ってもらったバットで必死の素振りなんかもしてみるのだけれど、試合になると実家の裏に住んでいた西坂君はバンバンホームランを打つのに、僕のバットにはなかなかボールが当たってくれません。楽しくもなんともない野球。でも「野球が上手かったらなあ」と心では思っているし、現実に野球が下手な自分に対するふがいなさがいつもつきまとっていました。

ドッチボールもそうです。鮮やかに横目を使って投げる林君はボールのキャッチも胸の正面で堂々とするし、ドッチボールをしている時の林君は輝いていました。僕はここでも輝く事が出来ませんでした。ボールを力強く狙った相手に向かって投げられないし、まともに受けることもおぼつきません。全然楽しくないドッチボール。

でも、空き地に秘密基地を作ったり、秘密の道を見つけたり、メンコをしたり、日本酒のフタを集める為に遠くの酒屋まで日が暮れるのも忘れて足を棒のようにしてまで出かけて行く事は好きでした。ここにはボールも登場しないし、いろんな事に気が回る頭脳プレイで自分の存在をアピールする事が出来たから。野球やドッチボールでみんなに引けをとっている分を、珍しい酒のフタを持っていることで埋めていたような気がします。

面白い事を言うのが得意でした。あんまり面白くない事で笑っているヤツらのセンスを疑ったりする少年でした。そんな僕を担任の吉原先生は「鳥飼は国語の成績がいい!」とみんなの前で誉めてくれました。丁度幼少期地元茨木に住んでおられた川端康成さんがノーベル文学賞を受賞された年で、僕は将来は文学者か小説家になりたいと本気で作文に書きました。9月になったら先生に褒められたい一心で、夏休みの読書感想文を13本提出しました。「エジソン」「キューリー夫人」「ライト兄弟」「スチーブンソン」「野口英世」などの少年伝記シリーズに登場する偉人たちに憧れました。

学芸会で僕のクラスは「裸の王様」をやることになり、野球のうまい船本君が王様の役に決まったのだけれど、彼はその事をポーズなのかどうなのか嫌がっていました。その時、なんだか僕の心の中にムクムクと「王様」をやりたい!という止められない感情が芽生えて来ました。帰ってその事を母に話すと、先生に自分の意思を伝えるべきだ、と言うので、翌日先生に話しました。学級会で議論した末、晴れてこの僕が王様の役をやる事になりました。本番当日近くにある専売公社の当時のキャッチフレーズ「今日も元気だ!タバコがうまい!」と言う誰もが知っているフレーズをアドリブで入れて大爆笑を取りました。スポーツでは決して得る事の出来ない勝利感を味わいました。人前で笑いを取るってなんて気持ちのいいことなんだろうと実感しました。

スポーツ以外の例えば「絵の具以外のものを使って絵を描こう」とか「不要品を使ってロボットを作ろう」なんていう時も俄然張り切りました。クラスのロボットコンクールでは、僕の班が作った「樽」をつかった「タルー34号(34は好きだった巨人の金田投手の背番号)」が見事優勝しました。

壁新聞コンテストなんかの時も頑張りました。先生を主役にした4コマまんがにみんなが笑いました。

大人になったら何になるのだろう。文学者、小説家、新聞記者、落語家、歌手、俳優…そんな遠い将来の事よりも、金持ちの友達の家にあるカラーテレビがうらやましかったり、5段変速の方向指示機のついた自転車が欲しかったり、鍵っ子の友達が自由に駄菓子屋に出入りするのがうらやましかったり、お祭りのリンゴ飴を食べたかったり(母は買う事を禁止していた)、シールをイッパイ買いたかったり、プラモデルを沢山手に入れたかったり、マンガの付録が欲しかったり、科学と学習両方取りたかったり、学校帰りの道路上で売っていたウサンクサイおもちゃが欲しかったりする気持ちの方が強かったように思います。

世の中はどんどん豊かな方向に向かっていて、明るく開ける未来に希望が持てた時代の中で僕はそんな少年でした。

子供の頃に記憶している原体験こそが、今の僕の活動の核となるものです。幾重にも経験を重ねて、これからも微妙に色を変えながら唄って行けたらと思います。

そんな事を考えながら、今回のアルバムは出来ました。

ふりかけに入っているシールを集めました。空き地でビー玉、缶けりやりました。鬼に見つかるのがイヤで日が暮れてからもずーっと隠れているヤツもおりました。大人がサングラスをかけるのに憧れておもちゃ屋でプラスティックのサングラス買ってもらいました。グライダー飛ばして遊びました。ゴム飛びもやりました。女子はスカートをパンツの下の所に折り込んでいました。女子は着せ替え人形やってました。将来はお嫁さんになりたい、と言っていました。デパートの屋上はパラダイスでした。よそ行きの服を着て出掛けました。ガラスのケースを噴水状に循環するオレンジジュース飲みました。デパートの食堂でお子さまランチを食べるのがステイタスでした。チキンライスの上にささった旗は家まで持って帰りました。病気になると擦りおろしたリンゴを食べるのが楽しみでした。午前中から教育テレビの番組を見るのが楽しみでした。シロップの甘い風邪薬を飲むのが楽しみでした。氷まくらのヒンヤリした感触を憶えています。駄菓子屋で紙石鹸買いました。まんがの付録が楽しみでした。魔法使いになれたらいいなぁなんて思ってました。近くの神社のお祭りが楽しみでした。金魚すくいに夢中になりました。すくった金魚は持ってかえって水槽に入れて飼いましたがすぐに死んでしまいました。家のまわりにはまだ田んぼがありました。カエルの嫌いな女子の目の前にカエルを差し出し嫌がられました。アメンボスイスイ泳いでいました。四葉のクローバー探しました。つくしをとりに行きました。れんげ草がキレイでした。記憶と感情は今でも息づいています。

2002年9月 嘉門達夫

43歳の文章でした。さあ、それでは中身を紐解きつつ思い出し検証しまーす。

01

懐かし症候群

アルバムタイトル「症候群」の縦ライン導入。

02

いらん事言わんでええねん

打ち込みバリバリのサウンド。ボーカルの重ねが楽しかった。2025年の「言うたらアカンがな!」の前身。

03

夢・ドリーム

打ち込み初期ストリングも探りながら入れてみました。初心者なので素人ワンパターン感は否めませんなぁ。Bメロのストリングとか「おっ!」と再認識。

04

ショート・トラック1

爆弾、書き置き、子犬、格言、運勢、長寿アニメ

05

いいじゃないか!

徳島の阿波踊り、今村昌平監督の「いいじゃないか!」の躍動感をやりたかったみたい。

06

ワールドカップ症候群

盛り上がってたねー!

07

哀歌~エレジー~2002

オケはライブ音源やなぁ。どうやったやろ?

アライグマ、シシャモ、白髪染め、チビ、冷静な犬、天狗、なまはげ、武士、シンバル、太っているヤツ、ミミズ、シマウマ、味噌汁、投げやり、勝負パンツ、キリン、バター

08

バスジャック

ヒット映画「スピード」を意識して。救いナシ!

09

症候群

あるあるネタも「アホが見るブタのケツ」「小市民」を越えたいと、もがきつつ越えられない現実を感じながら入れ物レイアウト変化作品。

10

空

宅録の妙味。追っかけもすべて僕の声。

11

ガッツ石松伝説

ガッツさん寵児でした。サビのコーラスは中学の時から可愛い声が魅力的で当時子役さんのマネージメントをしていた同級生斎藤久美子さんにお願いしました。

ラストの選手宣誓は「我々は」ね!

12

ショート・トラック2

ご飯、ハートマーク、あっち向いてホイ

13

おるならおーてみたい2

猫の手、初夢、一石二鳥、馬の耳、鴨、七転び八起き、ほこり、寝耳、暖簾、フンドシ、泥棒、ヘソ、鬼、メダカ、コリス、友達、たい焼き、アリクイ、フンコロガシ、外科医、パン屋さん、乳牛

14

ひとり

宅録個人競技音源ならでは。今でも好き。

15

ピーターパン症候群

16

ショート・トラック3

クイズ決まってる!、スープ感覚、ないですかー、女優

17

身に覚えがあるだろう

これもあるある派生曲。苦肉ですが自力ストリングが気持ちよかった。ボーカルはAKGのコンデンスマイクで自宅収録。

18

エコノミー症候群

落語用語で「地口(じぐち)」ですな。

19

懐かしいもの

これはこれで稚拙な自演ブルースハープが妙に好き。小学校の時の具体的視覚記憶歌。当時自宅が近く高野寛さんのバッキングをされていた福原将宜さんのエレキのオカズが良い味出してます。

20

ナサケナイ

多重自宅録音が楽しい時期。

一旗、ドラマ、カビ取りスプレー、ハエ、絵文字(時代ですなー)、ボウリング、エレベーター、家賃、昔の写真、ダジャレ、コースター、えー、カレー

21

ショート・トラック4

朝ご飯、機内放送、台風情報、来ないの、桃の汁

はい。聴いたわぁー。まだまだ続きまーす。

2025.12.17

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