セルフライナーノーツ
2026 サブスク配信にあたって 書き下ろし(2026.1.5 記)
2026年、サブスク配信にあたって、現代から発表当時を振り返ってのセルフライナーです。まずは2006年リリース当時、ジャケットに書いたメッセージからどうぞ!
「投稿と私」
今回のアルバムは「USEN」でやっている番組「パソコンテレビGyaO『嘉門達夫のナリキン投稿天国』」に投稿されたネタで構成されている。いやー、つくづく面白い時代になったねぇ。かつてラジオや深夜テレビで、ハガキにネタを書いて来てもらい発表していく番組をやっていたが(「MBSヤングタウン」、中京テレビ「ラジオDEゴメン!」、FMネット「嘉門達夫のワールドエンターテイメントショー」「爆裂スーパーファンタジー」など)今やパソコン、ケータイからメールで送る時代だ。そしてむしろこのメディアの方がリスナーといろいろやりとりをするのにふさわしいと実感している。パソコンがマンツーマンのメディアであるというところが「ラジオ的」なのだ。かつての常連リスナーが嬉しそうに帰って来てくれたり、10代の連中が新たに参加して来てくれたり、メールは毎週増える一方で喜んでいる。こういう形が原点なんだよなぁ。
僕自身中学の時、ラジオの深夜番組(大阪毎日放送の「ヤングタウン」やラジオ大阪の「ヒットでヒット!パチョンといこう!」朝日放送の「ヤングリクエスト」など)の面白さの虜になり、ハガキを出したら3枚に1枚くらいの割合で読まれるワケ(他のヤツがめったに読まれないのによ!)。当時はクラスのほとんどの連中がラジオを聞いていたので、ハガキが読まれた翌日、学校に行くと「昨日聞いたでー!」とみんなに言われて、他のクラスのヤツも「昨日読まれた「鳥飼」ってどいつ?(ラジオネームは使っていなかった。自己存在主張が目的だったからね)」と僕の顔を見に来たり一躍人気者!僕自身、自分の居場所をようやく見つけられたのが「ラジオへの投稿」だった。それまでは、スポーツも勉強もイマイチの、たいして輝いていない中学生だったからねぇ。
そして僕が16の時に、落語家である「鶴光師匠」になぜ弟子入りしたのか?そしてなぜ破門になったのか?そのあたりの真実?がここ数年ようやく自分で解ってきた。それは師匠がレギュラーで出演していた「ヤングタウン」の仲間になりたかったからなのだ。「鶴光師匠」の弟子になれば「ヤングタウン」に出られるチャンスが来るかもしれない!と16なりに考えて弟子入り決行!晴れて弟子になり、19の時に「ヤングタウン」のオーディションの機会を師匠から与えてもらって「あのねのねの原田伸郎さん」のサブとしてのレギュラー決定!「笑福亭笑光(しょうこう)」として毎週毎日放送に通う内に、内弟子修業でなりをひそめていた「自我」がムクムクと湧き起って来たのさ。「あー、オレ、落語家になって落語をやりたいんじゃなく、ここへ来たかったんだ!」。そーなりゃ内弟子修業もウワの空。「何でも言う事聞きますから!」と頭を下げて弟子入りしたのに、だんだん言う事を聞かなくなる弟子の行く末は当然のごとく「破門!」あは!あは!あは!今だから笑えるけど、当時は真剣に落ち込んだ。だってようやく「ヤングタウン」の仲間になれたのに、破門になって番組を降ろされたわけだから。でもしゃーないわな。そういう世界なのだから。
それから1年全国を放浪して、その最中に「歌でやって行こう!」と決めて、大阪でバイトしている時にヤングタウンディレクターだった毎日放送の堀江さん橋渡しでアミューズの大里会長に拾われて、まず最初にやらせてもらったのがサザンオールスターズ「チャコの海岸物語」などの楽曲を「有線」に売り込むアルバイトだった。関西の各放送所で「あ、またあのオモロイ兄ちゃんが来た!」と、電話でリクエストを受ける有線嬢からけっこう認識されており、実績も上げてやがて、自分で自主制作盤「ヤンキーの兄ちゃんのうた」を200枚作り、すでにベースが出来ていた有線の各放送所に自ら配ったところ、翌週からリクエストチャート1位の放送所が続出。そして晴れてメジャーデビュー。その年の暮れには有線放送大賞新人賞ももらった。「ヤングタウン」にも復帰させてもらった。あれから23年。僕自身も有線(USEN)もいろいろ変貌し、今ここに来てマタマタかかわりが出来て、今回こういう「アルバム」という形になったのが面白いじゃないか!ね!!
「パソコンと私」
僕とパソコンの付き合いはもうすぐ15年。「曲創りのノート」というのがあって(神戸のショップでまとめて購入)、その数は年々増える一方。現在では100冊を越えたそれらのノートには今まで発表してきた「歌」が出来上がってゆくプロセスが記されている。僕はよく「歌創り」を料理に例えて話すのだけれど「おっ、このテーマ歌になるやん」という発想のヒントを「素材」だとすると、じゃあどんな味付けにしてどんな器に入れようか?なんて考える事が、僕にとってはリズムであったりメロディーであったりする。どんなに素材が良くても料理方法を間違えると失敗作になってしまうし、抜群の料理方法で挑めば高レベルの味が誕生する。つまり日々「素材」と「料理方法」を共に探しつつ研究しているようなものだ。作った料理全てが高レベルであれば何の問題もないのだが、なかなかそうはいかない。創作ノートに書き記した「素材」は20分の1くらい世の中に出て行けば良い方。という事は残りの20分の19はノートに残ったままになってしまう。「歌創り」をしている時「あっ、今取り組んでいるテーマに似た発想が過去にもあったなぁ」と思い出したら、膨大なノートを片っ端からめくって「素材」を捜索していたのだが、これはどう考えても効率が悪い。
当時一緒に全国を廻っていたバンドメンバーの中村雅都さんが「じゃあ、Macに入力して50音順に検索出来るシステムを作ればいいんですよ」「へえー、そんなことが出来るんだ。でも、入力するのに大変な労力がかかるやん。僕は過去のモノを入力する時間があるなら、新しい事を考えたいからアンタ、バイトで入力してくれる?」「いいですよ」という訳で、早速最初に買ったのが「ノートブック165」ってヤツ。今ではとんでもない骨董品だが、その頃は「なんて便利なモノなんだ!」と感心したモノさ。あくまでデータベースとして使用していたので最初は「検索専門」だった。それからしばらくして、デスクトップが欲しくて購入したのが中古の「パフォーマー575」。このあたりからインターネットに接続するようになり、今まで手書きだった原稿もワープロソフトを使って書くようになる。全て人任せだったCDの歌詞打ちも自分でやるように。そして約7年前に青色の「i-Mac」に買い替えて、次にツアーに持って行く為ブルーベリーの「i-Book」を買った。そしていよいよ「パワーブックG4」で音楽制作をするようになる。去年「OS-X」に移行して現在に至っているワケさ。急ぎ足「僕のMac歴」でしたー。
「作品と私」
今回のアルバムに収録されている「歌」のほとんどは、僕の過去の代表作の「新ヴァージョン」だ。それぞれが最初に出来た時の様子を書いておこう。
まずは「鼻から牛乳」。「♪チャラリー〜牛乳!」というフレーズは、僕が「歌」として発表する前からすでにあった。それも局地的に、山口県宇部市と広島県の一部の子供達が口にしていた。「ヤングタウン」にゲストで入った宇部出身の「西村知美」さんが口にしているのを聞いて「お、面白いフレーズやなあ」と、心にメモをしておいたのだ。それからしばらくして、一緒に「ヤングタウン」に出ていた「ぜんじろう」がキタナイ表現だが何かのはずみで「♪チャラリー尻からギョウ虫!」と言ったのを聞いて、「それ、鼻から牛乳やろ!」「いいえ!僕が育った姫路では、ギョウ虫でした!」と言い争いになって「鼻から牛乳VS尻からギョウ虫のコーナー」に発展していったのだと記憶している。そして決定打は、親友の「桂雀々」の家に遊びに行った時、奥さんが「こないだウチのひとワタシが2階で子供を寝かしてる時、下の階でどっかに電話してやるねん。『誰に話してたん?』って聞いたら『電話なんかしてない』って言うからリダイヤルしてちょっとした修羅場やったわ」と言うのを聞いて「コレや!」と思い背徳的現場を見つかるシーンを物語にして一気に出来上がったのだ。雀々夫妻には申し訳ない事をした。
「誰がそこまでガンバレ!言うた」は、今だ「キタナイかっこの5人組」って具体的なモデルがいるんですか?と聞かれる事がある。レギュラーで番組をやっていると、ほぼ毎週のようにゲストが入り、そのほとんどが「まだ売れていない状態」でやってくる。すべてが「5人組」ではないけれど僕が「ガンバレよ!」と言ったのはミスチル、シャ乱Q、スピッツ、福山雅治、ウルフルズ、槇原敬之…。みんな本当に「ガンバリすぎ」だぜ!
「あったらコワイセレナーデ」の歴史も長い。これも「ヤングタウン」のコーナーとしてスタートし、最初に世に出たのは1984年「ゆけ!ゆけ!川口浩!!」のB面としてだった。A面の制作に少ない予算の大半を費やしたので、B面は当時あらかじめスケジュールに入っていた「阪神デパート屋上の営業イベント」の模様を、そのまま収録した。
「アホが見るブタのケツ」は最初トークネタとして喋っていたのを唄にしたし「ジミー&ハデー」もラジオのコーナーだった。
いろんな「歌」が時代によって内容を変えながら進化してゆくのが、我ながら面白いと思う。これらの作品の今後の行く末が楽しみだ。
嘉門達夫
ここからは2026年改めて検証した感想なども交えつつ。
新・誰がそこまでガンバレ!言うた
頭使え、丸くなれ、親父と結婚、修学旅行にて、一生残る思い出、信じるもの(あったあった)
新・ええ奴やんか
深夜のタクシー運転手、財布落としたで、お茶飲んでく?、犬、ヒーロー(変化球やー)
新・ショートソング
舞茸、サムライ、言ってみたい、下半身ファン、踏んだり蹴ったり、コタツの中、車の後ろ、結婚式、通報だー!、強打者、ヘビメタ、暮らしを見つめる、万華鏡、アソコ(いろいろやってたのね)
新・あったらコワイセレナーデ
消防署、赤ちゃん、保健の教科書、便器、暴走族、藁人形、間違い探し、食器洗い機、シートベルト、給食、踊り食い、イヤリング、切手、お餅、紙袋、耳かき、カイロ、ビール、小便小僧
新・この中にひとり
メイド、裸の大将、思わせぶりなヤツ、2ちゃんねらー、美人、小便、小説家、酔っ払い、青春ドラマ、笑っていいともの客、ライオン、ヘリウム、語尾、セクハラ、検死、霊媒師
新・それはまるで
快速、ペダル、シャンプー、ブリーフ、一本締め、妊婦さん、チャック、電話口、チャリンコ、アイドル、アニメキャラ、スーツケース(ふむふむ、ここもいろいろやってたなぁ)
新・おじいちゃん
パジャマのポケット(ここにあったか!)、マナカナ(かつてNHKドラマ『双子探偵』で父親役をやった事アリ)、もう恋なんてしないよなんて(春日丘高校の後輩さん)、埋蔵金、亀井静香先生、東京特許許可局、アフロ、振り込んどいた(果てしなく馬鹿馬鹿しく展開しとる)
新・鼻から牛乳
高速券、プリクラ、メモ、ポルターガイスト、履歴などは進化中 歯ブラシ、つけ爪、風水、静香、ユカなどは現代に 時代と共にパーツを変えつつふるいにかけられ時代の中で。
ホラー
ないですか女、ビミョー、もったいない
新・アホが見るブタのケツ
ブヒブヒアレンジやー。時代を越えて「こんなヤツ」はいつも居るという証言をいただいてます。
新・ジミー&ハデー
IT用語、ジャンケン相手、夏のイベント、返事、公園の遊具、人差し指を使ったイタズラ、反抗、平仮名、駅名
新・会話
彼女、校長先生、まどかちゃん、パパのお嫁さん、銀行強盗、おじいちゃん、願いごと、オーバー、甘いもの
イヤーン イヤーン イヤーン
アレンジャーでギタリストの朝井泰生さんとのお仕事。
どうでもええよ
これも朝井泰生さん。ゆくゆく「風が吹いてる〜炭鉱があった町〜」に展開する前身。なるほど。20年の時を経て発掘検証してみました。発掘はまだ続きまーす。
2026.1.5 に記す。